第二五七一号(3)決断社史 二〇〇〇年代令和八年十月三日(土曜日) 発行所 The社史

日本企業の決断 二〇〇〇年代

二〇〇〇〜〇九年

第五一一号

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2009年(平成21年)

近い分野へ手を広げる動きが目立ち、パーク24はマツダレンタカーを取得した。持株会社への移行や統合も続き、コーエーテクモHDはテクモとの経営統合で生まれた。パナソニックの三洋電機買収など大型の取得に加え、日立製作所は社会イノベーション事業への集中に舵を切った。

2008年(平成20年)

経営統合と持株会社化が並んで多く、三越伊勢丹HDや明治HDが同業の統合で生まれた。海外では第一三共の印ランバクシー、武田薬品工業の米ミレニアム買収が続いた。東芝はHD DVDから撤退し、富士通は半導体事業をオンセミへ売るなど、事業を絞る判断も重なった。

2007年(平成19年)

周辺事業へ打って出る決断が最も多く、THKはリズム買収で輸送機器に参入し、富士フイルムはアスタリフトを発売した。J.フロント リテイリングなど同業同士の統合も続いた。鐘紡の化粧品事業譲渡のように手放す動きもあり、スティールへの買収防衛策も焦点となった。

2006年(平成18年)

経営資源を絞り込む決断が多く、資生堂はTSUBAKIへの集中投資に出た。MIXIや出光興産の上場など株式市場への登場も相次いだ。ポーラ・オルビスHDやDOWAが持株会社へ移る一方、三洋電機はゴールドマンらから3,000億円の増資を受け入れた。

2005年(平成17年)

持株会社への移行とグループ再編が最も多く、ニチレイの五社分割やセブン&アイHDの設立が続いた。製薬ではアステラス製薬と第一三共が誕生し、三菱UFJFGの統合も成った。フジ・メディアHDによるニッポン放送の完全子会社化など、子会社の取り込みも目立った。

2004年(平成16年)

合併・経営統合と隣接領域への進出が並んだ年である。GSユアサの発足やユニーのサークルKとサンクス統合が進む一方、楽天Gは旅の窓口を買って経済圏を広げた。鐘紡やダイエーは相次いで産業再生機構の支援を仰ぎ、西武HDの上場廃止など不祥事の処理も重なった。

2003年(平成15年)

上場と資金調達が目立ち、石油資源開発やセイコーエプソンが新たに株式を公開した。りそなHDは公的資金を受け入れ、足利銀行は実質国有化された。双日やコニカミノルタ、コムシスHDのように統合で再編を進める社も多く、富士通は全社の構造改革を断行した。

2002年(平成14年)

統合と持株会社化が年の中心にあり、JFEHDは川崎製鉄とNKKを束ね、エディオンは株式移転で発足した。中外製薬のロシュとの提携など、海外企業と組んでグローバル体制を整える動きも広がった。神戸製鋼所の電力事業参入のように大型の設備投資も並んだ。

2001年(平成13年)

選択と集中が最も多く、東芝はNAND型フラッシュへ、三井金属は電子材料へ経営資源を寄せた。住友電工やフジクラは事業を切り出し、セガサミーHDはドリームキャストの製造を止めた。パナソニックの「破壊と創造」や三井住友FGの発足など、構造改革と合併も重なった。

2000年(平成12年)

資金調達と財務の立て直しが目立ち、大和ハウス工業は無借金経営へ転じ、伊藤忠商事は不良資産を処理した。アスクルやサイバーエージェントなど新興企業の上場が続き、出前館の開設のように販路をネットへ移す試みも現れた。経営が行き詰まったそごうは民事再生に至った。

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