この三件が露わにしたのは、体制の欠如ではなく、体制が現場へ届いていなかったことだと思われる。企業行動規準もヘルプラインも独占禁止法遵守監視委員会も、談合が問われた時期を通じて存在した。にもかかわらず、公共発注の三つの工事で同時並行に摘発を受けている。会社が再発防止として掲げたのが新しい機関の設置ではなく、既存の委員会の機能強化と社内監査制度の充実、そして代表取締役による総点検であったのは、この認識の裏返しであろう。規則を足すのではなく、規則が守られているかを誰が見るのかを問い直したのだといえる。
もっとも、業績の面ではこの事件は一過性で終わっている。鉄構建設セグメントの営業利益は2007年3月期に314百万円まで減少したが、翌期には1,562百万円へ戻り、2010年3月期には4,759百万円まで伸びた。45日間の営業停止も、コンテナクレーンが伸びて公共工事の比重が下がっていた事業構成のなかでは致命傷にならなかった。処分の重さと事業の痛みが釣り合わないとき、締め直した運用がどこまで持つのかは、その後の年月でしか確かめられないのかもしれない。