加藤五一

三井E&S・元取締役社長

Kato Goichi(敬称略)

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社長就任 1947年5月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部英法科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1918年に東京帝国大学法科を卒業して三井物産へ入り、石炭部に勤務した。1944年7月に三井物産を退社して三井造船へ移り、1946年5月に取締役、同年12月に常務取締役となった。造船の技術者ではなく、商社の商事畑を歩いてきた経営者である。副社長の田中繁松氏、専務の大前玉男氏ら周囲の役員が三井物産造船部から移った技術者で固まっていたのとは、経歴が異なっていた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1946年5月の取締役就任から1年、1947年5月に社長へ就任した。三井造船は1937年7月に三井物産の造船部が分離独立して生まれた会社で、財閥解体で三井物産が解散へ向かう時期に、物産本体から移ってきた加藤氏が経営を承継した。同じ1946年に取締役となった田中繁松氏と大前玉男氏はいずれも造船部の生え抜きで、専務・常務として加藤氏を支えた。生え抜きを差し置いての就任で、三井本体との関係を保つ人選だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

在任は1947年5月から1960年5月までの13年で、戦後復興から高度成長の入口までにあたる。1949年5月に東京・大阪の両証券取引所へ株式を上場し、1958年4月に三友不動産を設立した。単体売上高は1950年3月期の19億円から、会長へ退く直前の1960年3月期には219億円へ11倍になった。経団連・日経連・造船工業会の各理事と、日本デンマーク協会の副会長を兼ねた。デンマークのB&Wとは1926年8月に舶用ディーゼル機関の技術提携を締結している。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1944〜1966年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
加藤五一の経歴

加藤五一の経歴社長就任に至るキャリア。就任年は有価証券報告書などの開示情報に基づく

参考文献 2件

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