キオクシアホールディングスBiCS FLASHへの積層転換:回路線幅を細める微細化の延長を捨て、メモリセルを縦に積む3次元構造へ主力技術を移した選択

更新:

時期 2007年6月
意思決定者(推定) 西田厚聰 社長
論点 微細化の限界を見越したNAND型フラッシュメモリの技術転換
概要

2007年6月、東芝は積層した電極に柱状の素子列を垂直に貫通させて高密度に配列する新型3次元メモリセルアレイ技術を開発した。回路線幅を狭める微細化でNAND型フラッシュメモリを大容量化してきた路線に対し、メモリセルを縦に積み上げる別の道を主力技術として置き直す転換であった。

当時メモリ事業は東芝の社内部門であり、決定の主体は東芝である。この技術が後にBiCS FLASH™と名づけられ、2018年に東芝から独立したキオクシアの主力製品となった。

背景

NAND型フラッシュメモリは1987年に東芝が発明し、1991年の量産開始以降は四日市工場を軸に生産を重ねてきた。大容量化とコスト低減はもっぱら微細化が担い、2008年3月期には56ナノメートル世代に対してチップ面積を30%削減した43ナノメートル世代を商品化している。しかし極度の微細化には電子同士が干渉してエラーが起きやすくなるという課題があり、素子を平面に並べる構造のままでは容量とコストの改善がいずれ止まることが見えていた。

内容

開発したのは、微細化によらない大容量化技術としての3次元構造である。四日市工場では同じ2007年9月に第4製造棟が竣工し、2008年3月期の電子デバイス部門の設備投資は4,365億円と全社6,189億円の7割を占めた。同部門の研究開発費は1,662億円で、平面の微細化を進めながら積層の実用化を並走させる構えを取った。48層のサンプル出荷に至ったのは8年後の2015年3月である。

含意

2015年3月に48層128ギガビットのBiCS FLASH™をサンプル出荷して以降、64層、96層、112層、162層、218層と世代を重ね、本書提出日時点では218層の第8世代を量産している。生産は四日市工場と北上工場が担い、北上工場第2製造棟は2025年9月に稼働した。

2017年2月に東芝がメモリ事業を会社分割で切り出した理由も、三次元フラッシュメモリの開発・立上げを加速するための大規模な設備投資を適時に行うことにあった。

筆者の見解

微細化という約束を降りた日

この判断は、新しい技術を一つ増やした話ではなく、半導体産業が長く信じてきた前提から降りる決断であったとみることができる。回路線幅を細くすれば容量が増えコストが下がるという微細化の約束は、電子同士が干渉するという物理の壁に突き当たった。東芝が選んだのは、平面の上で線を細くする競争から、縦に何層積めるかという競争へ土俵そのものを移すことだった。土俵が変われば、それまで積み上げてきた微細化の設備と経験の価値も目減りする。捨てるものの大きさを引き受けた点に、この転換の重さがある。

もっとも、賭けが形になるまでには8年を要した。開発を公表してから48層のサンプル出荷に至るまで、微細化への投資が止まったわけではない。積層に全てを寄せたのではなく、平面で稼ぎながら次の土俵を用意する二正面の走り方をしていたと見るべきだろう。皮肉なことに、その積層を加速するための大規模な設備投資を適時に行うという理由が、2017年にメモリ事業を東芝本体から切り出す論拠になった。技術の選択が、やがて会社の形まで決めてしまった例であるように見える。

Yutaka Sugiura, 2026年9月

3次元フラッシュメモリへ転じた条件

科目 概要 備考
開発した技術 新型3次元メモリセルアレイ技術 積層した電極に柱状の素子列を垂直に貫通させ、高密度に配列する
開発の公表 2007年6月 当時メモリ事業は東芝の社内部門で、決定の主体は東芝である
捨てた前提 微細化による大容量化 極度の微細化では電子同士が干渉し、エラーが起きやすくなる
並走した平面世代 43ナノメートル世代のNAND 同じ期に商品化。56ナノメートル世代比でチップ面積を30%削減した
開発を担った組織 セミコンダクター社 東芝の社内カンパニー。2011年7月にセミコンダクター&ストレージ社へ
生産拠点 四日市工場(三重県) 2007年9月に第4製造棟が竣工。2008年3月末の従業員は3,383人
四日市工場の帳簿価額 1,881億円 2008年3月末。土地面積366千平方メートルを含む提出会社の設備
電子デバイス部門の設備投資 4,365億円 2008年3月期・発注ベース。全社6,189億円の7割を占めた
電子デバイス部門の研究開発費 1,662億円 2008年3月期。システムLSI・フラッシュメモリ・液晶等を含む
最初のサンプル出荷 2015年3月・48層 128ギガビット/チップ。開発の公表から8年を要した
製品ブランド BiCS FLASH™ メモリセルを多層構造にし、大容量化と信頼性・低消費電力を両立
現行の量産世代 第8世代・218層 CBAとOPSの新技術を採用。2023年3月に試作した世代
現在の生産拠点 四日市工場と北上工場 四日市は6つの製造棟を棟間搬送で連結する統合生産体制

出所:東芝 有価証券報告書 第169期(2008年3月期)【研究開発活動】【設備の状況】/第178期(2017年3月期)【重要な後発事象】/キオクシアホールディングス 有価証券報告書 第8期(2026年3月期)【沿革】【事業の内容】

キオクシアホールディングス:東芝 電子デバイス部門の売上高・営業利益・資本的支出

(百万円) 売上高営業利益資本的支出 備考
2003年3月期 該当期の有価証券報告書が手元になく、セグメントの数値を照合できていない
2004年3月期 該当期の有価証券報告書が手元になく、セグメントの数値を照合できていない
2005年3月期 1,215,80292,512239,361 第167期の前期欄。売上高は外部顧客に対する売上高
2006年3月期 1,301,665123,287239,480
2007年3月期 1,572,967119,750269,654
2008年3月期 1,654,84274,130367,368 3次元メモリセルアレイ技術を開発した期。資本的支出は前期の1.4倍
2009年3月期 1,264,675△323,216266,904 金融危機で半導体市況が崩れ、部門の営業損益は3,232億円の赤字
2010年3月期 1,253,854△24,212108,605 資本的支出を前期の4割へ絞り込んだ
2011年3月期 1,294,98186,841116,587
2012年3月期 1,524,60590,174200,368 四日市工場第5製造棟への量産投資が進んだ期
2013年3月期 1,249,42491,423125,607
電子デバイス部門の資本的支出と営業利益率
資本的支出(百万円)営業利益率(%)

出所:東芝 有価証券報告書 第167期〜第175期【事業の種類別セグメント情報】(連結・米国会計基準)

キオクシアホールディングス:BiCS FLASH™ の積層数の推移

(層) 積層数 備考
2015年3月 48 128ギガビット/チップ。3次元構造の開発公表から8年でサンプル出荷
2016年7月 64 第3世代のサンプル出荷。2017年後半に量産を開始した
2017年6月 96 第4世代を試作
2020年1月 112 第5世代を試作
2021年2月 162 第6世代を試作
2023年3月 218 第8世代を試作。CBAとOPSの新技術を採用した世代
BiCS FLASH™ の積層数
積層数(層)

出所:キオクシアホールディングス 有価証券報告書 第8期(2026年3月期)【沿革】

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出典・参考
  • 東芝 有価証券報告書「第169期(2008年3月期)【研究開発活動】【設備投資等の概要】【主要な設備の状況】」
  • 東芝 有価証券報告書「第167期(2006年3月期)〜第175期(2014年3月期)【事業の種類別セグメント情報】」
  • 東芝 有価証券報告書「第176期(2015年3月期)【研究開発活動】」
  • 東芝 有価証券報告書「第177期(2016年3月期)【研究開発活動】」
  • 東芝 有価証券報告書「第178期(2017年3月期)【重要な後発事象】【設備投資等の概要】」
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書「第8期(2026年3月期)【沿革】【事業の内容】【事業等のリスク】」

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