日産自動車 日産180による100万台増販 再建から成長への転換と、北米の新工場・中国の合弁を軸にした世界販売の上積み

更新:

時期 2002年4月
当時の社長 カルロス・ゴーン
論点 世界販売の拡大
何をなぜ決めたか
概要

2002年4月、日産リバイバルプランを1年早く終えた日産自動車が、次の3か年計画"日産180"で再建から成長へ軸を移した経営判断。名前の数字が目標を表し、"1"は2001年度の259万7000台から2005年9月までに世界販売を100万台増やすこと、"8"は売上高営業利益率8%、"0"は自動車事業実質有利子負債ゼロを指す。米国ミシシッピー州のキャントン工場の新設と、中国の東風汽車有限公司の立ち上げが増販を支えた。2005年度には最も難しいとした100万台の増販を達成し、3つの目標をすべて満たした。

背景

NRPは売上の増加を前提としない計画で、利益の回復はコストの削減から生まれた。2001年度の売上高営業利益率は7.9%まで戻った一方、世界販売は259万7000台と前年度から1.4%減っていた。削る余地が尽きる前に、稼ぐ力を量の側から積み上げる必要があった。

日産180は増販の内訳を地域ごとに割り付けた。日本・米国・メキシコとカナダを含む一般海外市場でそれぞれ30万台、欧州で10万台を上積みし、2004年度末までに28の新型車を投入する。購買コストは3年でさらに15%、製造・物流コストは12%削り、CFTも増販に合わせて組み替えた。

内容

北米では2003年5月にミシシッピー州のキャントン工場を完成させ、フルサイズピックアップのタイタン、大型SUVのアルマーダ、ミニバンのクエスト、インフィニティQX56と、日産が持っていなかった大型車の領域へ入った。2004年にはテネシー州デカードのエンジン工場を広げ、キャントン工場でアルティマの生産も始めた。

中国では2003年7月に東風汽車工業投資有限公司との合弁会社、東風汽車有限公司が事業を始め、襄樊でティアナの生産を始め、広州では花都新工場を操業させた。タイはアジアへの輸出拠点に位置付けて能力を広げ、ロシアに新たな販売会社を設けた。2004年度には東風汽車有限公司と裕隆日産汽車を連結に加え、売上高を4,320億円、営業利益を310億円押し上げた。

含意

2004年度の世界販売は338万8000台と、1990年の過去最高を28万1000台上回った。2005年度には359万7000台という到達目標を満たし、日産180の3つの目標を完遂した。増販の中心は海外で、2002年度から2005年度にかけて米国は72万6000台から107万5000台、一般海外市場は75万5000台から111万1000台へ伸び、2005年度の中国は29万7000台に達した。日本は81万6000台から84万2000台、欧州は47万4000台から54万1000台にとどまった。

量の目標は次の計画に引き継がれ、"日産バリューアップ"は2008年度末に世界販売420万台を掲げた。ただし2006年度は新型車の投入が後半に偏り、世界販売は348万3000台と前年度比2.4%減、日本は12.1%減の74万台となった。

いつ何が起きたか 9件
筆者の見解
筆者の見解

量の公約が日産の重心を海外へ移した

日産180の意味は、利益率や負債ではなく"1"の目標にある。8%と0は初年度でほぼ手が届いており、3年をかけて問われたのは量だけだった。その量を、日産は国内の回復ではなく、タイタンやアルマーダといった持っていなかった大型車と、中国の合弁という新しい領域から持ってきた。2002年度から2005年度の増販のうち、日本の上積みは2万6000台にすぎず、米国と一般海外市場が大半を担っている。再建を終えた日産は、この計画を通じて海外で稼ぎ海外で売る会社へ重心を移したとみられる。

もっとも、期限付きの台数の公約は、達成した瞬間から次の反動を抱え込む。100万台の増販を満たした翌年度、世界販売は2.4%減り、国内は74万台まで落ちた。後継の日産バリューアップは420万台という一段上の量を掲げたが、2007年度の実績は377万台だった。コストを削って利益を戻したNRPの成功体験に、量を積めば成長が続くという期待が重なったことが、のちの量を追う経営の出発点になったのかもしれない。

Yutaka Sugiura, 2026年9月

業績の推移
地域別の世界販売台数の推移

日産自動車:地域別の世界販売台数の推移

(千台) 日本米国欧州一般海外市場世界販売台数 備考
2000年3月期 −−−−2,530 地域別は照合できていない。NRPの初年度
2001年3月期 −−−−2,633 地域別は照合できていない
2002年3月期 −−−−2,597 日産180の増販の起点。地域別は照合できていない
2003年3月期 8167264747552,771 日産180の初年度
2004年3月期 8378565428223,057 5月にキャントン工場、7月に東風汽車有限公司が稼働
2005年3月期 8481,0135449833,388 1990年の過去最高を28万1000台上回った
2006年3月期 8421,0755411,1113,569 9月までに100万台の増販を達成。中国は297千台
2007年3月期 7401,0355401,1683,483 日産バリューアップの2年目。国内は12.1%減
2008年3月期 7211,0596361,3543,770 中国は458千台
地域別の世界販売台数
日本(千台)米国(千台)世界販売台数(千台)

出所:日産自動車 2001年度決算プレビュー・日産180 2003年度決算報告・アニュアルレポート2004【財務ハイライト】 / 日産自動車 有価証券報告書 第107期(2006年3月期)〜第109期(2008年3月期)【業績等の概要】【経営成績の分析】 / 一般海外市場はメキシコとカナダを含む

営業利益と売上高営業利益率の推移

日産自動車:営業利益と売上高営業利益率の推移

(億円) 営業利益売上高 備考
1998年3月期 86865,646 利益率1.3%
1999年3月期 1,09765,800 利益率1.7%
2000年3月期 82659,770 利益率1.4%。NRPの初年度
2001年3月期 2,90360,896 利益率4.75%
2002年3月期 4,89261,962 利益率7.9%。日産180の目標8%の手前
2003年3月期 7,37268,285 利益率10.8%。初年度で目標8%を超えた
2004年3月期 8,24974,292 利益率11.1%
2005年3月期 8,61285,762 利益率10.0%。東風汽車有限公司などの連結で310億円増
2006年3月期 8,71894,282 利益率9.2%。日産180の3目標を完遂
2007年3月期 7,769104,685 利益率7.4%。増販の反動で減益
2008年3月期 7,908108,242 利益率7.3%
営業利益と売上高営業利益率
営業利益(億円)営業利益率(%)

出所:日産自動車 Annual Report 1998 "A New Alliance"・2000年度決算及び日産リバイバルプラン初年度振り返り・2001年度決算プレビュー・日産180 2003年度決算報告 / 日産自動車 有価証券報告書 第107期(2006年3月期)〜第109期(2008年3月期)【経営成績の分析】

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グローバル経営1991年山之内製薬欧州の生産販売網の自前構築海外市場への出方と生産拠点
2017年カルビー越境ECと現地専用工場を軸にした中国市場の攻め直し国内成長の頭打ちに対する海外市場の開拓
2002年ABCマート自社で組み上げたSPA型小売モデルを国外へ持ち出す形での市場開拓海外市場への展開と現地法人の持分政策
2002年ピジョン国家衛生部と組んだ現地での育児支援拠点づくりと、海外売上高比率5割への移行海外展開とブランドの作り方
2005年UBEスペイン・タイでの現地生産まで広げたナイロン原料の世界供給網の構築量産化学品の主力化と海外展開
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1985年上村工業顧客の海外移転に追随した10か国への拠点設置と、地域完結型の営業体制の構築海外展開と営業体制
1983年ダイフク現地法人を設立することによる北米市場への初めての自力進出国内需要の頭打ちと海外市場への展開
参考文献

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