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2021年 経営統合・合併 破談

東芝とCVCキャピタル・パートナーズの非公開化提案(2021年破談)

なぜ約2兆円の非公開化提案は、社長辞任の直後に「検討中断」へと至り失効したのか?

経営統合 買収
交渉期間 2021年4月〜4月
帰結 破談

エグゼクティブサマリー

  • 2021年4月、英投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズが東芝に約2兆円規模の非公開化(買収)を提案したが、提案直後に車谷暢昭社長兼CEOが辞任し、CVCが「検討の中断」を伝えたことで、交渉は本格化しないまま事実上頓挫した案件である。
  • 2015年の不正会計と米原発子会社の巨額損失で経営危機に陥った東芝は、増資を経てアクティビスト(物言う株主)が株式の2割超を握る状態となり、経営陣と大株主の対立が続いていた。提案直前の3月には、前年の定時株主総会の運営を調べる株主提案が臨時総会で可決され、経営陣への圧力が高まっていた。
  • CVCは2021年4月6日に1株5,000円程度・総額約2兆円とされる非公開化の素案を提示した。だが車谷氏がかつてCVC日本法人の会長を務めていたため利益相反が問われ、4月14日に車谷氏が辞任。提案は具体性を欠くとされ、4月19日付でCVCが東芝に「検討を中断する」と伝えたことで失効した。
  • 価格や戦略合理性以前に、提案を主導した経営トップとファンドの利害関係(ガバナンス)、提案内容の具体性、社内・株主の信認が決着を左右した。買収交渉が条件協議に入る前段で、提案の正当性と社内合意の土台を欠いた事例とみられる。
関連する動き
  1. 臨時株主総会でエフィッシモ提案(前年定時総会の運営調査)が可決
  2. CVCが約2兆円規模の非公開化の素案を提示、東芝が適時開示で受領を公表
  3. 車谷暢昭社長兼CEOが辞任、綱川智会長が社長に復帰
  4. CVCが「検討を中断する」と東芝に通知し、提案が事実上失効
  5. エフィッシモ提案に基づく調査報告書が、定時総会への国の関与を指摘

統合の背景

不正会計とアクティビストの台頭

東芝が非公開化提案を受ける土台には、長く尾を引いた経営危機があった。2015年に発覚した不正会計問題に続き、買収した米原子力子会社ウェスチングハウスの巨額損失が表面化し[1]、同社は債務超過の瀬戸際に立たされた。2017年には約6,000億円の第三者割当増資で急場をしのいだが、その引き受け手の多くが海外の投資ファンドであったため、結果として物言う株主(アクティビスト)が株式の2割超を握る株主構成へと変わっていった[2]。経営の立て直しと、利益還元や経営関与を求める大株主への対応とを同時に迫られる、緊張をはらんだ状況が続いていたとされる。

株主総会をめぐる対立の激化

提案の直前、経営陣と大株主の対立は新たな段階に入っていた。2021年3月18日の臨時株主総会で、シンガポールの投資ファンド、エフィッシモ・キャピタル・マネジメントが求めた、前年2020年7月の定時株主総会の運営の公正性を弁護士による調査で確かめる株主提案が、過半数の賛成を得て可決された[3]。会社側が反対した提案が可決されたことは、経営陣の求心力が大きく揺らいでいることを内外に示す出来事となった。物言う株主からの圧力が高まるなかで、上場を続けたまま大株主と対峙し続けることの難しさが、経営の重い課題として横たわっていたとみられる。

統合の発端

公表経緯——古巣ファンドからの2兆円提案

提案が表面化したのは2021年4月のことであった。報道によれば、CVCキャピタル・パートナーズは4月6日に、東芝を非公開化する素案を提示する[4]。買収価格は1株5,000円程度、提示前の株価に約3割のプレミアムを上乗せした水準で、総額は約2兆円規模に達するとされた[5]。東芝は4月7日に提案を受領した事実を明らかにする。株式公開買い付け(TOB)で全株式を取得して上場を廃止し、ファンドの傘下で構造改革を進めるという構図が描かれていたと報じられた。実現すれば国内有数の大型の非公開化となる提案であった。

東芝

利益相反という影

この提案には、当初から利益相反の影がつきまとった。提案を受けた東芝の車谷暢昭社長兼CEOは、2018年に東芝の会長に就く前、提案主体であるCVCの日本法人で会長を務めていた人物であった[6]。提案を受ける会社のトップが、提案するファンドの出身者であるという構図は、車谷氏が自らの保身のために古巣を呼び込んだのではないかという疑念[7]を社内外に生んだとされる。提案の入り口で問われたのは買収条件の是非よりも、誰がどのような立場でこの話を持ち込んだのかという、ガバナンス上の正当性であったとみられる。

社内では、非公開化そのものへの警戒も広がっていた。ファンドの傘下に入れば、売却後にさらなるリストラや事業の切り売りが進むのではないかという懸念が、提案の報道直後から社員のあいだに上がった[8]と報じられている。一方で、現経営陣にとっては、非公開化によって物言う株主の圧力から解放されるという側面もあり、提案が経営陣にとって「渡りに船」になりうるとの見方も示された。会社の将来をめぐる戦略判断と、経営陣個人の延命という別の論理とが、提案の評価において分かちがたく絡み合っていたとみられる。

統合の経過

社長辞任と「検討中断」

事態は提案からわずか数日で急展開する。CVCの提案が表面化した直後の4月14日、車谷暢昭社長兼CEOが辞任し、前社長で会長の綱川智氏が社長に復帰する人事が決まった[9]。社内では、年1回の幹部社員調査で車谷氏への不信任が5割を超えていたとされ[10]、アクティビストとの対立や過度な数字重視への批判も重なって、求心力は提案以前から弱まっていた。提案直前の取締役会議長との面談で進退を問う動きがあったとも報じられ、利益相反を抱えた提案の浮上が、辞任を決定づける引き金になったとみられる。

車谷氏の辞任後も、CVCは当初、提案を取り下げず、詳細な買収案を改めて示す方針を伝えていたと報じられた。だが、提案の具体性をめぐる溝は埋まらなかった。東芝は4月20日、CVCから4月19日付で「検討を中断する」との書面を受け取ったと発表し[11]、買収交渉は事実上、中止に追い込まれる。CVC側が示した追加情報には、詳細に評価できるだけの具体的な内容が欠けていたとされ[12]、提案は本格的な条件協議に入る前段で立ち消えとなった。

統合の帰結

上場維持の確認と、その後の迷走

提案の失効を受け、東芝は上場を続ける姿勢を明確にした。同社は「上場企業としてのメリットを生かすことが企業価値向上につながると現時点で確信している」と表明し[13]、直前に果たした東証1部復帰を誇りに思うとの立場を示した。一方で、信頼に足る具体的な提案であれば検討を排除しないとも述べ[14]、非公開化という選択肢そのものを完全に閉ざしたわけではなかった。綱川新体制は、対立してきた株主との対話を重視する方向へと舵を切ったとされる。

もっとも、この提案が投げかけた論点は、その後も東芝経営を揺さぶり続けた。2021年6月には、エフィッシモ提案に基づく調査報告書が、前年の定時株主総会をめぐり国の関与があったと指摘し、ガバナンス不信を一段と深める。翌2022年3月の臨時株主総会では、会社が示したグループの2分割案も、出資受け入れを求める株主提案も、ともに否決された[15]。CVC提案の頓挫は一つの幕引きにすぎず、上場維持か、分割か、非公開化かをめぐる東芝の迷走は、その後も続いていくことになる。

筆者の見解

提案の正当性という土台

この破談では、買収価格や戦略合理性の議論に入る前に、提案そのものの正当性が問われた点が際立つ。提案を受ける会社のトップが、提案するファンドの出身者であるという利害関係が、提案の動機への疑念を呼び、社長辞任という形で表面化した。経営トップが関与するディールであっても、利益相反への手当てや、提案の具体性、社内・株主の信認を欠いたまま進めば、条件協議に入る前段で立ち消えになりうることを示した事例とみられる。

破談それ自体を一方的に失敗と断じる材料は乏しい。むしろ、利益相反を抱えた提案を社内のガバナンスがどう扱うかが問われた局面であったとも読める。物言う株主との対立、経営トップの求心力低下、不透明な提案の正当性——これらが重なったとき、巨額の非公開化提案であっても容易に失効しうる。成立に至らなかった案件にも、上場維持と非公開化のはざまで揺れる日本企業のガバナンスの難しさを読み解く手がかりは多く残されているのだろう。

yutaka sugiura

出典・参考
  • 日本経済新聞 2021年4月14日「CVC、東芝に詳細な買収提案へ 車谷氏辞任でも変えず」
  • 日本経済新聞 2021年4月20日「東芝買収、事実上の交渉中止 英CVCから「検討中断」」
  • 日本経済新聞 2022年3月24日「東芝臨時株主総会、2分割案否決 株主提案も否決」
  • The Register 2021年4月21日「Toshiba rejects private equity buyout offer on grounds it was scarcely credible」
  • ダイヤモンド・オンライン 2021年4月9日「東芝を英ファンドが2兆円買収?社内で高まる『会社切り売り警戒』と『車谷社長への疑念』」
  • NetIB-News(データ・マックス) 2021年4月15日「東芝・車谷社長が事実上のクビ、CVCと仕掛けた救済策が大炎上」
  • J-CAST ニュース 2021年4月24日「社長辞任、CVC買収断念… 混迷の東芝はどこへ行くのか!?」
  • Bloomberg 2021年3月17日「東芝の臨時総会でファンド提案可決、『株主の権利』に支持広がる」