重要な意思決定
19966月

銅地金不正取引が発覚(不祥事)

背景

「5%の男」と呼ばれた非鉄金属部長が10年間続けた簿外取引

1996年6月14日、住友商事は社内における銅地金取引の不祥事を公表した。非鉄金属部長であった浜中泰男が、1987年から1996年までの約10年間にわたり、LME(ロンドン金属取引所)において住友商事を介さない簿外取引を実施し、約2,800億円の損失を発生させていた。 浜中はグローバルな銅取引市場において世界の銅取引量の「5%」を動かす人物として知られ、業界内では「5%の男」「ミスター・カッパー」と呼ばれる著名トレーダーであった。「銅取引に生涯を捧げる」と公言していた浜中は、銅市況の上昇を見込んだロングポジションを簿外で構築したが、期待通りに相場は動かず損失が拡大した。 住友商事は「浮利を追わず」を経営の基本理念として掲げ、リスク回避的な経営を志向してきた商社である。その組織の中で、一人のトレーダーが10年にわたって簿外取引を継続できたことは、管理体制の盲点を露呈するものであった。

決断

英米当局への全面協力を最優先とした危機対応の設計

住友商事は浜中に対して背任による刑事告発を実施し、浜中は有印私文書偽造・詐欺罪で逮捕・起訴された。事件処理にあたって住友商事が最も重視したのは、国際的な信用の維持であった。銅はLMEを中心としたグローバル市場で取引される商品であり、住友商事の対応次第では市場秩序そのものに影響を及ぼしかねなかった。 宮原賢次社長(当時)は「一番注意しなければならないのは、国際的な信用を失うことがあっちゃいかん」と判断し、米商品先物取引委員会(CFTC)および英証券投資委員会への全面的な協力を最優先とした。公表のタイミングについても「もうちょっと詳細がわかってから発表したかった」としながらも、英米当局への配慮から6月14日の発表に踏み切った。 事件処理は住友商事の社内約100名の体制で遂行され、銅相場への影響を最小限に抑えることが意識された。大和銀行の海外不祥事が米国当局との関係悪化を招いた前例を踏まえ、住友商事は海外当局との協調を事件処理の最優先事項に据えた。

結果

2,852億円の特損計上と自己資本比率の毀損、それでも存続できた資本基盤

1997年3月期に住友商事は特別損失として「銅地金取引関連損」2,852億円を計上し、当期純損失は1,456億円に達した。住友商事としては1996年の銅事件に続く、創業以来の最大規模の損失計上であった。 財務への影響は甚大であったが、住友商事は自己資本で損失を吸収できる範囲にあった。資本の部合計額はFY1995期末の約7,148億円からFY1996期末には5,582億円へ減少し、自己資本比率は13.2%から10.3%に低下した。債務超過には至らず、事業継続に支障をきたす水準ではなかった。 リスク回避を標榜してきた住友商事において、一個人の投機行為が約2,800億円の損失をもたらしたことは、組織としての管理体制の限界を示した。同時に、長年の堅実経営によって蓄積された自己資本が、この規模の損失を吸収するバッファーとして機能した側面もある。