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2015年 経営統合・合併 破談

東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの経営統合(2013年合意・2015年破談)

半導体製造装置の世界1位と3位はなぜ「対等統合」に合意しながら独禁審査で破談したのか?

経営統合 対等経営統合
交渉期間 2013年9月〜2015年4月
帰結 破談

エグゼクティブサマリー

  • 2013年9月、半導体製造装置で世界首位級の米アプライドマテリアルズと、同分野上位の東京エレクトロンがオランダ登記の持株会社による対等統合に合意。だが各国の独占禁止法審査が難航し、2015年4月に解消された案件。
  • 微細化の進展で装置開発の負担が増し、前工程の成膜・エッチング等で相互補完を狙う再編機運があった。実現すれば前工程装置で世界シェア約25%の突出した存在が生まれるはずであった。
  • 新会社名は「Eteris(エタリス)」、出資比率はアプライド株主68.0%・東京エレクトロン株主32.0%、会長に東哲郎氏、CEOにゲイリー・ディッカーソン氏を充てる構想。完了予定は再三延期された。
  • 統合の戦略的合理性は高かったが、市場の集中度ゆえに独禁当局との折り合いがつかなかった。条件や社内合意ではなく、競争政策が大型クロスボーダー統合の成否を分けた事例である。
関連する動き
  1. 東京エレクトロンとアプライドマテリアルズが対等の経営統合で合意(持株会社をオランダに登記)
  2. 対米外国投資委員会(CFIUS)が国家安全保障上の問題なしと通知
  3. 統合持株会社の社名を「Eteris(エタリス)」と発表
  4. 当初2014年後半としていた統合完了時期を延期。各国の独禁審査が継続
  5. 米司法省の是正提案不十分との判断を受け、両社が経営統合契約の解消を発表(違約金なし)
  6. 統合解消後、東京エレクトロンは自社株買いなど単独での成長戦略へ転換

統合の背景

マクロ環境——微細化と装置産業の集約

2010年代前半の半導体製造装置産業は、回路の微細化が加速するなかで装置開発の負担が膨らんでいた。線幅の微細化や三次元構造への移行に伴い、成膜やエッチングといった前工程の各工程は技術的な難度を増し、装置メーカーには巨額の研究開発投資と顧客との緊密な共同開発が求められるようになっていた。市場は寡占色を強めており[1]、米アプライドマテリアルズが世界最大手、オランダのASMLや東京エレクトロンが続くという構図にあった。単独での開発競争に限界を意識する各社にとって、相互補完的な製品群を束ねる再編は合理的な選択肢とみなされる状況であった。

両社の製品は、競合よりむしろ補完の関係に近いと位置づけられていた。アプライドは成膜やCMPなど幅広い装置を擁する総合メーカーであり、東京エレクトロンはコータ/デベロッパや成膜、エッチングなどに強みを持つ。互いの技術と製品を組み合わせれば、顧客に対してより広い工程を一括で提案できるという描き方であった。統合の狙いは「プレシジョン・マテリアル・エンジニアリング・パターニング」分野のグローバル・イノベーターを目指すこと[2]にあるとされ、規模の拡大そのものより、技術の相互補完による価値創出が前面に掲げられていた。

統合の発端

公表経緯——「対等の経営統合」という設計

2013年9月24日、東京エレクトロンとアプライドマテリアルズは経営統合で合意したと公表する。新たに設立する持株会社はオランダに法人登記し[3]、その傘下に両社がぶら下がる枠組みであった。出資比率はアプライド株主が68.0%、東京エレクトロン株主が32.0%[4]と、規模の差を反映する一方で、経営の体制は「対等の精神」を掲げるものとされた。会長に東京エレクトロンの東哲郎代表取締役会長兼社長、最高経営責任者にアプライドのゲイリー・ディッカーソン社長兼CEO[5]を充て、取締役11名のうち両社から各5名を出す構成が描かれた。本社機能は東京とカリフォルニア州サンタクララの両地に置く設計であった。

統合比率は、東京エレクトロン株1株につき持株会社3.25株を、アプライド株1株につき同1株を交付する内容[6]であった。新会社の株式はナスダックと東京証券取引所への上場が想定され、当初は2014年後半の統合完了を見込んでいた。世界の上位企業同士が国境を越えて一つの持株会社にまとまるという構想は、半導体製造装置の歴史でも例の少ない規模であり、実現すれば前工程装置で世界シェアの約25%を握る突出した存在になるとみられていた[7]

東京エレクトロン

主導側・東京エレクトロンの視点——「Eteris」に託した世界戦略

東京エレクトロンにとって、この統合は単独では届きにくい世界最大手の地位を、対等の枠組みで分け持つ機会であった。2014年7月には統合持株会社の社名を「Eteris(エタリス)」と発表する[8]。社名は革新的技術への姿勢と、世界に持続的に良い影響を与える志を表すと説明された。会長に就く東哲郎氏が日本側の象徴となり、米国発の最大手と日本の有力メーカーが一つの会社になるという発信は、業界の構造を塗り替える野心的な構想として受け止められた。

相手側・アプライドマテリアルズの視点——「戦略の加速」という位置づけ

アプライドマテリアルズにとっても、統合は自社戦略を加速する手段と位置づけられていた。同社のゲイリー・ディッカーソン社長兼CEOは後に、統合を「戦略を加速する好機と捉え、実現に向けて懸命に取り組んだ」と振り返っている[9]。世界最大手にとって、補完的な製品と技術を取り込むことは、顧客により広い工程を提案する力を強める一手であった。だが大きさはそのまま、競争当局が見過ごせない市場集中の問題と裏腹であり、統合のメリットと審査上の困難は同じコインの裏表でもあった。

統合の経過

各国独禁審査の難航と度重なる延期

統合は当初2014年後半の完了を見込んでいたが、各国・地域の独占禁止法審査が進まず、完了時期は繰り返し先送りされた[10]。両社は複数の国・地域で企業結合の届出を行い、一部の国では認可を得たものの、最大の関門である米国を含む主要市場で審査が長引いた。報じられたところでは、米国以外の国・地域も米当局の対応を見極める姿勢をとり、審査が連動して停滞したとされる[11]。世界の上位企業同士が一体となる構想は、その規模ゆえに各国の競争政策の関心を一身に集める形となった。

審査の焦点は、両社の製品が重なる領域での競争への影響にあった。米司法省は、統合が前工程の主要装置で世界の二大供給者を一体にし、競争を損なうとの懸念を強めたとされる[12]。日本側の報道では、エッチング装置など一部の製品で統合後のシェアが突出する点が問題視されたと伝えられた。両社は当初、製品構成が重ならず独禁法の対象になりにくいと見ていたが、開発中の製品まで含めて競争への影響を評価する当局との間で、認識の差が次第に表面化していった[13]

解消の決定——「是正提案では足りない」

2015年4月、両社は経営統合契約を解消すると公表する。アプライドの開示によれば、米司法省はすべての規制当局向けに両社が協調して示した是正提案では、統合で失われる競争を代替するのに十分でない[14]と両社に伝えた。これを踏まえ、両社は統合完了の現実的な見通しはないと判断したとされる。違約金はどちらにも発生しないと明記された[15]。広範な譲歩を示してもなお当局の懸念が解けなかったことが、合意から約1年半を経た断念の直接の引き金となった。

米司法省も同日、両社が統合を断念したと発表した。反トラスト局のレナータ・ヘス司法次官補代行は、提案された是正措置について「特に次世代半導体向けの装置の開発に関して、統合によって失われる競争を置き換えるものにはならなかった」[16]との趣旨を述べたと伝えられる。司法省の見立てでは、両社はリソグラフィを除く量産用の半導体製造装置を開発・供給できる最大の二者であり[17]、その結合は現有製品の競合の有無にとどまらず将来の開発競争を損なうおそれがあるとされた。現在の製品が直接ぶつかっていないとしても、次世代技術をめぐる競い合いが減る——潜在的な競争への懸念が、当局判断の核にあったとみられる。

東京エレクトロンの東哲郎会長兼社長は、解消にあたって今後は提携も含めて柔軟に考えていく趣旨のコメントを残したと報じられた[18]。当初は製品が重ならないため独禁法の対象になりにくいと見ていたが、開発中の製品についても競争への影響があるとする米当局の考え方と折り合わなかったとの説明が伝えられている。両社の認識と当局の評価の隔たりが最後まで埋まらなかったことが、関係者の言葉からもうかがえる。

統合の帰結

その後——単独路線への回帰と業界再編

統合は白紙に戻り、両社はそれぞれ単独での成長戦略に立ち返った。アプライドのディッカーソンCEOは解消にあたり、統合を追えなかったことは残念だが既存の成長戦略には説得力があると述べ[19]、自社の強みを生かして顧客と投資家への価値を高めると表明した。東京エレクトロンも、統合を前提にしていた資本政策を改め、自社株買いなど単独での施策へと舵を切った。違約金が発生しなかったことは、両社が痛手を最小限にとどめて元の道に戻る余地を残した。

統合の頓挫は、半導体製造装置の寡占がそれだけ各国の競争政策にとって敏感な領域であることを浮き彫りにした。世界の二大供給者を一つにする構想は、技術の補完という合理性を備えていたとしても、当局が許容しうる市場集中の限界を超えるものとみなされた。結果として東京エレクトロンとアプライドはいずれも独立を保ったまま、その後の半導体投資の拡大局面でそれぞれに業績を伸ばしていく。一体化は実現しなかったが、両社が前工程装置の中核を担う構図そのものは変わらなかった[20]

筆者の見解

競争政策が決める大型クロスボーダー統合の成否

この破談で前面に出たのは、社内の合意や統合条件ではなく、競争政策との折り合いであった。出資比率や経営体制、社名に至るまで設計は具体的に進んでおり、両社のトップも実現に意欲的であった。それでも、世界の二大供給者を一つにするという事実そのものが、当局にとって看過しがたい市場集中を意味した。戦略的に望ましい統合ほど寡占を深めやすく、その分だけ独禁審査の壁が高くなるという緊張関係が、この案件には凝縮されているとみることもできる。

オランダ登記の持株会社という枠組みが、税務面を含めて当局の慎重姿勢を招いたとの見方も一部に伝えられたが、最終的な解消理由が競争への影響にあったことは両社の開示から明らかである。開発中の製品まで視野に入れて競争を評価する当局と、現状の製品構成で重なりは小さいと見る企業との間の認識差は、技術革新の速い産業における企業結合審査の難しさを示している。実現していれば業界地図を塗り替えたであろう構想が幻に終わった事実は、大型のクロスボーダー再編において競争政策が決定的な変数となりうることを、改めて物語っているのだろう。

yutaka sugiura

出典・参考
  • 東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース(2013年9月24日)「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.が経営統合し、グローバル・イノベーターが誕生」
  • Applied Materials, Inc. プレスリリース(2015年4月26日)「Applied Materials, Inc. and Tokyo Electron Limited Agree to Terminate Business Combination Agreement」(SEC Form 8-K Exhibit 99.1)
  • 東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース(2015年4月27日)「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.の経営統合契約の解約及びTELジャパン合同会社との株式交換の中止に関するお知らせ」
  • 米国司法省(U.S. Department of Justice)2015年4月27日「Applied Materials Inc. and Tokyo Electron Ltd. Abandon Merger Plans After Justice Department Rejected Their Proposed Remedy」
  • 東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース(2014年2月25日)「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.の経営統合に関する対米外国投資委員会の承認取得」
  • 日本経済新聞 2015年4月28日「東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回」
  • ダイヤモンド・オンライン 2015年「世紀の3兆円合併が“幻”に 東エレ・アプライド破談の裏」
  • EE Times Japan 2015年4月27日「東京エレクトロンとAMAT、経営統合を断念――米当局と折り合わず」
  • ビジネス+IT(SBクリエイティブ)2014年7月「新社名は『Eteris(エタリス)』、東京エレクトロンと米アプライドマテリアルズ統合で」