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2012年 合併 成立

新日本製鐵と住友金属工業の経営統合(2012年成立・新日鉄住金の誕生)

なぜ国内首位と3位の高炉メーカーは合併し、粗鋼世界2位の鉄鋼会社を生んだのか?

合併 合併
交渉期間 2011年2月〜2012年10月
帰結 成立
統合比率 1:0.735

エグゼクティブサマリー

  • 2012年10月1日、国内首位の新日本製鐵が3位の住友金属工業を吸収合併し、新日鐵住金が発足した案件。粗鋼生産で世界2位の鉄鋼メーカーが誕生した。
  • アルセロール・ミッタルの台頭という買収脅威、円高・原料高などの「6重苦」、新興国の鉄鋼需要拡大を背景に、規模による生き残りが迫られていた。
  • 新日鉄を存続会社とし、住金1株に新日鉄株0.735株を割り当てる合併。公取委審査では無方向性電磁鋼板と高圧ガス導管エンジで問題解消措置が講じられた。
  • 表向きは対等統合を掲げたが、合併比率と人事は新日鉄主導であった。2019年には社名が「日本製鉄」に一新され、住友の名は外れた。
関連する動き
  1. 欧アルセロールをミッタルが買収し年産1億トン級の世界首位が誕生、国内勢の危機感が高まる
  2. 新日鉄・住金・神戸製鋼が相互出資の強化を発表(防衛的な資本提携)
  3. 新日本製鐵と住友金属工業が経営統合で合意したと公表
  4. 合併契約を締結、新社名「新日鐵住金」と合併比率1:0.735を決定
  5. 株式交換を経て新日鉄が住金を吸収合併、新日鐵住金が発足
  6. 新日鐵住金が「日本製鉄」へ社名を変更(住友の名が外れる)

統合の背景

マクロ環境——買収脅威と「6重苦」

2000年代後半の日本の高炉メーカーは、規模の論理に追われていた。欧州ではミッタル・スチールが各地で買収を重ねて急拡大し、2006年にはアルセロールへの買収を成立させて、年産1億トン級の世界首位が初めて誕生する[1]。当時の新日本製鐵は時価総額でミッタルに見劣りし、敵対的買収の脅威にさらされたとみられる。経営陣の一部からは、住友金属工業との合併を視野に「機が熟すのを待つ」という声があったと後に報じられている[2]。規模で劣る国内勢にとって、再編は防衛の手段でもあった。

防衛の布石は統合より前に打たれていた。2007年12月、新日鉄・住友金属・神戸製鋼所は相互出資の強化を発表する。報じられたところでは、3社が連携強化に投じた資本は合計で2,600億円規模に上り[3]、新日鉄と住金の相互出資だけで1,000億円に達したとされる。新日鉄の住金への出資比率は約9.9%となり、「10%を超えないように意識した」と新日鉄側が説明したと伝えられる[4]。買収防衛を軸にした持ち合いが、のちの合併へ向けた助走となった面があるとみられる。

足元の経営環境も逆風が重なっていた。リーマン・ショック後の需要低迷に円高が重なり、後に「6重苦」と呼ばれる課題——円高、高い法人税、厳しい温暖化ガス削減目標、労働コスト、自由貿易協定(FTA)交渉の遅れ、そして2011年の東日本大震災に伴う電力問題[5]——が国内製造業を圧迫した。鉄鉱石や原料炭の価格高騰も収益を直撃し、原料コストは2011年3月期に前年比で1兆円以上増えていたと報じられている[6]。国内需要は伸びず、コスト上昇を鋼材価格へ転嫁することも難しい状況にあった。

統合の発端

公表経緯——「根回しせず、発表しましょう」

統合の合意は2011年2月3日に公表された[7]。鉄鋼最大手の新日本製鐵が国内3位の住友金属工業と統合することで合意し、2012年10月1日をめどに合併を実施するという内容であった。狙いは、国内生産基盤の効率化を図りつつ、鉄鋼需要が拡大する新興国を中心とした海外事業でトップクラスの総合鉄鋼メーカーを目指すこと[8]にあったとされる。両社は10年以上前から互いに暗黙の理解があったと当時の住金会長が述べており、長く温められてきた構想が表面化した格好であった。

合併の具体的な条件は同年9月22日に固まった。新社名は「新日鐵住金」(英文名はニッポン・スチール・アンド・スミトモ・メタル・コーポレーション)とし、新日鉄を存続会社として住金を吸収合併する[10]。合併比率は住金1株に対し新日鉄株0.735株を割り当てるものとされた[9]。両社は「それぞれが培ってきた経営資源を結集し、得意分野を補完し合って相乗効果を徹底的に追求する」とし、「総合力世界No.1の鉄鋼メーカー」を目指す方針を掲げた。粗鋼生産量では世界第2位の鉄鋼メーカーが誕生する見込みであった。

新日本製鐵

統合の狙い——規模と補完による世界2位

両社が描いたのは、規模の確保と事業の補完であった。新日鉄は薄板・厚板などの汎用鋼に強く、住金は継目無鋼管や電磁鋼板など特定分野で高い競争力を持っていた。重複を整理しつつ得意分野を束ねれば、高級鋼を中心に幅広い品種をグローバルに供給できる体制が整う、という構想であった。統合効果は3年程度をめどに年1,500億円規模を見込み、海外生産の再編・強化、技術・研究開発の融合、調達の効率化を柱に据えた[11]。海外事業の展開を加速させ、世界での総合力で首位を狙うという、攻めの色彩を帯びた統合でもあった。

もっとも、巨大な統合効果には影もあった。鉄鋼業の収益は鉄鉱石価格に大きく左右される。当時の鉄鉱石はトン当たり180ドル台後半で推移しており、価格が20ドル近く上昇すれば、見込んだ統合効果が相殺されかねないとの指摘もあった[12]。規模の追求が原料市況の変動を吸収しきれるかは、発足前から問われていた論点であったとみられる。

統合の経過

公正取引委員会の審査——約30市場の精査

国内首位と3位の高炉メーカーの合併であり、独占禁止法上の審査は大きな関門であった。当事会社は2011年3月以降、自発的に意見書を提出して公取委と会合を重ね、同年5月31日に合併に関する計画の届出を行う。公取委は第1次審査を開始し、6月1日から情報の募集を始めた。同月30日には報告等を要請して第2次審査に移る[13]。審査では、両社が競合する鉄鋼製品・チタン製品・エンジニアリング業務について約30の取引分野を画定し[14]、需要者・競争事業者へのヒアリングやアンケートを踏まえて競争への影響が精査された。

懸念が残ったのは2分野であった。無方向性電磁鋼板の国内市場では、新日鉄の市場シェアが約40%、住金が約15%で、合併後は合算で約55%・第1位となり[15]、有力競争事業者との格差が拡大する見込みであった。事業者数は3社から2社へ減るため、単独行動でも協調行動でも価格を左右しうる状態が生じるおそれがあると公取委は判断した。高圧ガス導管エンジニアリング業務でも、日鉄パイプラインと住友金属パイプエンジがともに約30%を占め、合併で約60%・第1位となり[16]、入札参加の高炉系事業者が3社から2社へ減ることが問題視された。

2分野については、当事会社が問題解消措置を申し出ることで決着した。無方向性電磁鋼板では、合併後5年間、住友商事に対して住金製品を平均生産費用に相当する価格で供給するコストベースの引取権を設定し[17]、あわせて国内ユーザー向けの商権(顧客名簿・取引関係)を住友商事へ譲渡することとした。高圧ガス導管エンジでは、新規参入者からの要請に応じてエンジ子会社向けと同等の条件でUO鋼管を供給し、自動溶接機の供給・技術指導を行う措置を講じることとした。公取委はこれらを前提に、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと判断する。2011年12月14日、排除措置命令を行わない旨が通知された[18]

発足——「総合力世界No.1」を掲げて

新日鐵住金は2012年10月1日に発足した。会長兼CEOには新日鉄の宗岡正二氏、社長兼COOには住金の友野宏氏が就き、新会社の従業員は約8万4,000人を数えた[19]。発足にあたって友野社長は、お客様重視・現場重視・変革と実行・安全と健康及びコンプライアンスの徹底という4点を社員に求め、「総合力世界ナンバーワン」の達成を目指す決意を表明した[20]。会長兼CEOの宗岡氏は、コスト競争力・技術先進性・グローバル展開・鉄以外の事業強化を経営の柱に据えた。

統合の帰結

その後——「対等」から「日本製鉄」へ

発足から6年半後の2018年5月16日、新日鐵住金は2019年4月1日付で社名を「日本製鉄」に変更すると発表した。戦後の財閥解体で姿を消した「日本製鐵」の名を、69年ぶりに復活させる[21]形であった。新たな商号からは「住金」の文字が外れ、合併時に掲げた「対等の精神」は次第に後退したと報じられている。当時の進藤孝生社長は会見で「住金のDNAは残る」と述べ、住金が実質的に吸収されたとの見方を「うがった見方」と否定した[22]ものの、社名変更は新日鉄主導の統合が一段落したことを象徴する出来事であったとされる。

この合併は、防衛的な動機から始まりながら、世界2位の規模を備えた攻めの統合へと転じた点に特徴がある。ミッタルの台頭という外圧、相互出資による持ち合い、そして合併という段階を経て、規模の拡大が現実のものとなった。社名から住友の名が外れ、「対等」の建前が「日本製鉄」へ収斂していった過程は、合併比率が当初から新日鉄主導であったこととも整合する流れであったとみられる。日本製鉄はその後も日新製鋼の完全子会社化などで規模を広げ[23]、近年は海外の鉄鋼会社の買収にも踏み込んでいる。

筆者の見解

規模の論理と「対等」の行方

この統合は、グローバル競争のなかで規模が生き残りの条件となった事例として読める。買収脅威への防衛から始まった構想が、新興国需要の取り込みという攻めの戦略へと接続し、国内首位と3位の合併によって世界2位の鉄鋼会社が生まれた。規模の確保が独占禁止法上の懸念と表裏一体であることは、約30市場の精査と2分野での問題解消措置という審査の過程によく表れている。国内の集約と国際競争の両立をどう設計するかは、成熟産業の再編に共通する課題であろう。

一方で、「対等の精神」を掲げた統合が、最終的に主導側の社名へ一本化していった経緯は、合併における理念と実態の距離を示している。合併比率や経営の主導権が一方に傾いていれば、対等の建前は時間とともに薄れていくことがありえる。統合の成否を測る物差しは規模や統合効果だけではなく、二つの企業文化をどう束ねるかという、より長い時間軸の問いにも及ぶのだろう。

yutaka sugiura

出典・参考
  • 公正取引委員会(平成23年度:事例2)「新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社の合併」(2011年12月14日 排除措置命令を行わない旨の通知)
  • Bloomberg 2011年9月22日「新日鉄と住金:合併比率は1対0.735-新社名は『新日鉄住金』」
  • レスポンス 2011年9月22日「【新日鉄・住金合併】2012年10月に経営統合へ、新社名は『新日鐵住金』」
  • M&A Online 2011年2月3日「新日本製鉄<5401>と住友金属工業<5405>、2012年10月に経営統合へ」
  • 東洋経済オンライン 2011年「統合効果は巨大でも、悩み深い『新日鉄住金』」
  • ダイヤモンド・オンライン「鉄鋼大同団結するも、ミタル買収の脅威は消えず」
  • 日経ビジネス 2020年「新日鉄×住金、世紀の大合併(1)『根回しせず、発表しましょう』」
  • 新日鐵住金 トップメッセージ(2012年10月1日)「新日鐵住金株式会社の発足にあたって(社長兼COO 友野 宏)」
  • 日本経済新聞 2018年5月16日「捨てた『対等』の建前 『日本製鉄』69年ぶり復活」