神戸造船所旧電気部を三菱電機として分離
造船事業から派生した電機製造
三菱造船の電機事業は、造船事業の派生として始まった。1898年(明治31年)に長崎造船所において欧州航路向け客船「常陸丸」を竣工した際、当時最先端の技術であった電気を活用し、石油ランプではなく白熱灯を船内照明として採用した。「船舶電化」の方向性が決定的となったことで、明治37年までに三菱造船所では船舶向け発動機の生産を開始し、造船の付随事業として電機製造に参入した。 1905年に新設した神戸造船所においても「電気部」を設置し、長崎造船所の「電気課」と合わせて、造船所の一部門として電気機器の製造に従事した。しかし、鉄鋼部材の組み立てを主体とする造船と、精密な技術を要する電気機器の製造は、工作設備・材料調達・人材配置のいずれにおいても性質が大きく異なっていた。造船所の内部で電機事業を運営することの非効率が次第に顕在化していった。
三菱電機の設立と電機部門の分離
こうした課題を受けて、三菱合資会社は三菱造船における電機部門の独立を計画した。1918年には名古屋に8万坪の土地を確保し、電機専門工場の新設に向けた準備を開始。1919年11月には独立の第一段階として、神戸造船所の電気部を分離して「三菱造船(株)電気製作所」を発足した。 1921年1月15日、三菱電機株式会社を設立。三菱造船の電機事業を継承し、三菱財閥における電機専業会社として運営する方針が決まった。神戸造船所内の電機製作所は三菱電機の神戸工場として発足。長崎造船所の電気課については造船向け機器の生産が主体であったため、数年後の1924年に三菱電機の長崎工場として移管された。
電機専業メーカーとしての基盤確立
神戸工場における生産品目は「直流発電機・交流発電機・変圧器・配電盤・電気機関車」など多岐にわたり、主に電力会社向けの電気機器の製造に従事した。造船所から独立したことで、電機に適した工作設備の導入や電気技術者の採用が自由に行えるようになり、製品の品質と生産効率が向上した。 1924年にはかねてから計画されていた名古屋製作所を新設し、汎用電動機の量産工場として稼働を開始した。造船所の一部門にとどまっていれば実現し得なかった規模の設備投資であり、電機部門の分離独立が三菱電機の成長基盤を形成する契機となった。