ナイコメッド社を買収
主力製品の特許切れと新興国市場での販売基盤の欠如
2000年代後半から2010年前後にかけて、武田薬品は主力製品の特許切れが相次ぎ、既存製品による売上成長の持続性に課題を抱えていた。とりわけ糖尿病治療薬アクトスは収益への貢献度が高く、後発品参入による減収は中期的な業績下押し要因として意識されていた。
国内市場は成長余地が限られ、欧米先進国でも価格圧力が強まる中、従来の延長線上では売上基盤の維持が難しくなるとの認識が広がっていた。2010年時点の武田薬品にとって弱点と整理されていたのが、新興国市場での販売基盤の薄さであった。
世界の医薬品市場成長の大半を占める新興国に十分入り込めていない状況において、自社で販売網を一から構築する選択肢もあったが、時間と投資負担が大きいと見込まれていた。既に欧州・新興国に強固な販売網を持つ企業を取得する方が、成長の時間軸を前倒しできると判断された。
ナイコメッドを約1.1兆円で買収し販売網を一括取得
2011年5月、武田薬品はスイスの製薬企業ナイコメッドを96億ユーロ、円換算で約1兆1,000億円で買収することで合意した。意思決定を主導したのは長谷川閑史社長であり、対価は全額現金で新株発行は行わなかった。希薄化を避けることが重視され、調達資金の一部は借入で賄われた。
買収により武田薬品は欧州およびロシア、アジア、中南米に広がる販売網と、COPD治療薬などの製品群を一括取得した。研究開発による将来成長に加え、短中期で売上を補完する事業基盤の確保が狙いであり、ナイコメッドの年間売上は約3,000億円規模とされた。
一方でこの買収は無借金経営からの転換を意味し、海外事業比率の急拡大に伴う経営管理の複雑化も織り込むべきリスクとして認識されていた。1兆円を超える買収金額に対して、投下資本に見合う成長が実現するかについて慎重な見方も存在した。
地域分散は実現したが投下資本に見合う企業価値向上には至らず
ナイコメッド買収により武田薬品の新興国売上は大幅に拡大し、地域ポートフォリオは大きく変化した。欧州での販売規模も拡張され、地理的分散という観点では事業基盤の補強が進んだ。特許切れ局面においても連結売上の急激な落ち込みを回避する効果は一定程度あった。
一方で市場からの評価は限定的であった。買収後の業績寄与は安定的であったものの企業価値を大きく押し上げるまでには至らず、株価面での反応は抑制的にとどまった。
ナイコメッド買収は事業の弱点補強には寄与したが、1兆円超の投下資本に対して資本市場が期待する水準の成長を示すには至らなかった。事業基盤の拡張と企業価値向上が必ずしも一致しないという課題を、武田薬品の経営に突きつけることとなった。