重要な意思決定
非注力事業の売却を開始
背景
多角化事業が研究開発型企業への転換を構造的に制約
1990年代後半、医薬品業界では新薬1品目あたり200〜300億円規模の研究開発費が常態化し、研究開発投資の巧拙が企業価値を左右する局面に入っていた。武田薬品は医療用医薬品に加え化学品、食品、農薬、生活環境など多角化事業を広範に抱え、経営資源が分散した状態にあった。
特に問題となったのは、付加価値水準の異なる事業群を製薬企業としての人件費水準と管理体制で一体運営していた点である。新薬開発費が増大する一方、日本市場のみでは投資回収が困難となり、事業ポートフォリオそのものの見直しが不可避となっていた。
決断
武田國男社長の主導で多角化事業を段階的に切り離し
武田國男社長は多角化から専門化への転換を明確に掲げ、2001年から段階的に多角化事業の整理に着手した。ウレタン、ビタミン、動物用医薬品、農薬、食品、生活環境といった事業について合弁化や株式譲渡を通じて切り離しを進め、2005年以降は売却を本格化させた。
この改革は短期的な収益ではなく、将来の研究開発投資余力を確保するための構造改革として位置づけられた。医薬品事業に経営資源を集中させることで、研究開発型国際企業としての競争力を高める判断であった。
結果
医薬品専業への不可逆的転換が完了しグローバル戦略の前提を形成
2001年以降の多角事業整理により、武田薬品の資本配分は医薬品事業へと明確に収斂した。研究開発、グローバル展開、新薬パイプラインに経営資源を集中できる体制が整い、組織としての意思決定も単純化された。
一方で事業売却は短期的な売上規模の縮小を伴い、研究開発成果が顕在化するまでの時間軸は長期化した。しかしこの改革により武田薬品は多角化企業としての性格を脱し、研究開発を軸とする国際医薬品企業へと不可逆的に転換した。この構造転換がその後のミレニアム買収やShire買収を含むグローバル戦略の前提となった。