インテル攻略プロジェクトを発足。遠藤社長が直轄でPJを率先
カーバイド撤退後の生き残りを賭けた半導体事業への一点集中
1991年にイビデンは創業以来の主力事業であったカーバイドの生産を終了し、最後の電気炉の火が消えた。売上の柱を失ったイビデンは経営危機と隣り合わせの状態にあり、社長に就任した遠藤優は半導体関連事業に活路を求めた。インテルはCPUの世代交代に合わせて部品サプライヤーを2〜3年ごとに切り替える企業であり、新規参入者にもチャンスがあった。
1994年にイビデンはインテルの次世代CPU向けにプラスチック製パッケージ基板を供給することを目標に据えた。インテルがセラミック製からプラスチック製への切り替えを検討し始めた時期であり、この技術転換の波に乗ることがイビデンの生存戦略そのものであった。
遠藤社長の直轄プロジェクトを発足し、全社の研究開発資源を集中投入
遠藤社長はインテル攻略を自らの直轄プロジェクトとして発足させ、藤川社長室長と伊藤次長に人事を一任して50名のチームを編成した。メンバーには40代のエース社員を配置し、他部署との業務の掛け持ちを一切禁止した。さらに社内の研究開発予算を研究開発本部から剥奪し、ほぼ全額をパッケージ基板の開発に一点集中させた。
遠藤社長はプロジェクトチームに対し「原則2年で量産化に持ち込む」ことを至上命題とし、1日でも遅延した場合はプロジェクトを解散すると通達した。通常5〜6年を要する開発を2年に圧縮するという目標設定であった。ただし解散の場合でも終身雇用は保証するとし、失敗時の個人的リスクを除去することで開発への全力投入を可能にした。
1996年にインテルとの供給契約を締結し、経営危機からの脱却に道筋
1995年にインテルはCPU向けパッケージ基板をセラミック製からプラスチック製に切り替える方針を正式に発表した。イビデンのプラスチック製パッケージ基板はこの方針転換に合致し、1996年にインテルから数百万個規模の大量受注を獲得した。1998年には大垣工場にパッケージ基板の製造新棟を新設し、量産体制を整えた。
インテルとの取引開始により、イビデンはFY1996およびFY1997に2期連続で過去最高収益を達成した。カーバイド撤退後の経営危機からの脱却が実現し、パッケージ基板がイビデンの新たな収益の柱として確立された。遠藤社長が「プロジェクトと心中する」覚悟で臨んだ一点集中の賭けは、インテルの素材転換という外部環境の変化と噛み合うことで結実した。