重要な意思決定
1987

プラスチックパッケージ基板の生産開始

背景

セラミック全盛の市場にプラスチック素材で挑んだ後発参入の賭け

1980年代を通じてマイクロプロセッサ(MPU)やICの普及が加速し、これらの半導体部品を覆うパッケージ基板の市場が急成長していた。当時のパッケージ基板はセラミック製が主流であり、京セラや日本特殊窯業といった先発企業が独壇場を築いていた。イビデンはセラミックの技術蓄積を持たなかったが、1987年にパッケージ基板への参入を決め、素材をプラスチックに絞るという選択をした。

プラスチック製パッケージ基板の採用実績はほぼ皆無であり、イビデンにとっては冒険であった。しかし、プラスチックは絶縁性に優れるという電気特性上の利点があり、半導体の高性能化に伴って将来的にはセラミックを代替しうると判断した。

決断

米国に販売会社を設立し、シリコンバレーへの直接営業体制を構築

イビデンはプラスチック製パッケージ基板を国内だけでなく、シリコンバレーを中心とする米国市場で販売することを意図し、米国に現地法人の販売会社を設立した。半導体産業の中心地に営業拠点を置くことで、インテルをはじめとする米国の半導体メーカーとの接触機会を確保する狙いがあった。

ただし、1990年代前半のプラスチックパッケージは、5枚の板を積層化するプレス加工の技術的な困難から価格の引き下げが難しく、一部の高額な汎用コンピュータ向けに採用されるにとどまった。PC向けの主戦場ではセラミック製が依然として優勢であり、インテルのCPUへの採用には至らなかった。この状況が変わるのは、1990年代半ばにインテルがプラスチック製への切り替えを決断してからのことである。