重要な意思決定
電力事業から撤退。カーバイドに業態転換
背景
自社発電のコスト優位を活かしたカーバイド製造への事業転換
1917年にイビデン(当時・揖斐川電気)は大垣工場を新設し、カーバイドの製造を開始していた。カーバイドは石灰石とコークスを高温で反応させて製造する化学製品であり、肥料などの原料として需要があった。製造工程では大量の電力を消費するため、自社で水力発電所を保有するイビデンは、発電コストを内部化できるという構造的なコスト優位を持っていた。
この優位性を背景に、イビデンはカーバイド製造を本格化させた。水力発電による安価な電力を自家消費に回すことで、外部から電力を調達する競合に対して価格競争力を確保した。電力事業の顧客に電力を売るのではなく、自社の化学品製造に電力を使うという垂直統合型の事業モデルであった。 だが、戦時中の水力発電会社の統合再編により、政治的な理由により独立企業として水力発電事業の継続が困難となった。
決断
1942年に電力事業から撤退し、カーバイド製造を主力事業に据える
1942年にイビデンは創業以来の主力事業であった水力発電による売電事業から撤退した。発電設備は引き続き保有したものの、外部への売電を停止し、発電した電力はカーバイド製造に全量を振り向ける形となった。電力会社からメーカーへの転身であった。
以後、カーバイド製造はイビデンの主力事業として高度経済成長期まで機能した。しかし1973年のオイルショック以降、カーバイド需要は減退に転じ、業界内の過剰生産と相まってイビデンの収益基盤は揺らぐことになる。1991年には最後の電気炉の火が消え、カーバイド事業そのものからも撤退した。