重要な意思決定
199010月

未承認コンタクトレンズの回収

背景

承認申請時の成分表示の誤りが長年放置され約40万人が未承認レンズを使用

HOYAのコンタクトレンズ3製品「SOFT(1972年発売)」「58(1986年発売)」「EX(1989年発売)」について、厚生省への承認申請において実際とは異なる成分表示で承認を取得していたことが判明した。HOYA担当者のミスに起因するものであったが、問題は長年にわたり認識されないまま製品が流通し、約40万人が未承認の成分構成のコンタクトレンズを使用する事態に至っていた。

1990年にHOYAは問題を認識し、埼玉県薬務課に事態を報告した。厚生省は埼玉県薬務課からの報告を受けて問題を把握した。薬事法に抵触する重大な事案であったが、HOYAの経営陣は「副作用があったという例もないし、製品に問題はない」と判断し、厚生省が生産継続を認めるという楽観的な見通しを持っていた。

この楽観的判断の背景には、製品の安全性と薬事法上の適法性を同一視する認識の混同があった。HOYAにとっては製品に品質上の問題がないことが重要であったが、規制当局にとっては申請内容と実際の成分が一致しているかどうかが審査の対象であった。両者の論理の違いを認識できていなかったことが、対応の遅れと見通しの誤りを招いた。

決断

厚生省が全量回収と販売中止を命じHOYAの想定を超える処分が下される

1990年10月に厚生省はHOYAに対して処分を決定した。対象となる未承認レンズの全量回収と既存製品の販売中止を命じる内容であり、HOYAが想定していた「生産継続の容認」とは正反対の結論であった。実質的にHOYAのコンタクトレンズ事業は行き詰まることを意味する処分であった。

HOYAの経営陣が「製品に問題はない」と主張し続けたことが、厚生省の心証を悪化させた可能性がある。申請書の成分と実際の成分が異なるという事実は、製品の安全性とは別次元の薬事法上の問題であり、HOYAの対応は規制当局の判断基準を見誤ったものであった。処分の重さは、問題の本質を認識できなかった対応の帰結であった。

この処分は、製品品質と規制適合性が全く異なる基準で判断されることを示した。品質に自信があるから規制上も許容されるだろうという推論は、薬事法の枠組みでは通用しなかった。規制産業においては、製品そのものの優劣ではなく手続きの適法性が事業継続の前提条件となるという原理が、HOYAの処分を通じて明示された。

結果

国内シェアが15%から1.3%に急落し39億円の損失を計上

未承認レンズの回収と販売中止により、HOYAの国内コンタクトレンズの販売シェアは15%(国内3位)から1.3%(15位)に急落した。合計39億円の損失を計上し、コンタクトレンズ事業は壊滅的な打撃を受けた。1991年4月にソフトコンタクトレンズの生産を再開したものの、失ったシェアの回復は容易ではなかった。

シェアの急落は、コンタクトレンズ市場において一度失った販路と顧客の信頼を取り戻すことが構造的に困難であることを意味した。回収と販売中止の期間中に競合メーカーが販路を埋めたため、HOYAが再参入する余地は大幅に縮小した。39億円の損失は会計上の数字であるが、市場地位の喪失という非財務的な損失のほうが長期的な影響は大きかった。

この事案は、1990年代以降にHOYAが事業ポートフォリオの見直しを進める一因となった。コンタクトレンズ事業の停滞は、HOYAが保有する事業群のうち競争力を維持できない領域が存在することを可視化した。1994年のROE経営への転換において不採算事業の整理が課題として明示された背景には、この事案の教訓が含まれていたと考えられる。