重要な意思決定
1987

主力製品で高シェアを確保

背景

多角化とシェア戦略が結実し主力4製品で圧倒的な市場地位を確立

1987年の時点でHOYAの主力製品は、眼鏡レンズが国内シェア36%、クリスタル食器がシェア65%、光学レンズがシェア60%、マスクブランクスが世界シェア75%を確保していた。1970年に鈴木哲夫が打ち出した「主力製品でシェア50%以上」という経営目標は、約17年を経てほぼ達成された形であった。

HOYAの事業構成は、小さな市場で圧倒的なシェアを握る製品を複数保有するポートフォリオを形成していた。個々の市場規模は大きくないが、シェアの高さが製品1単位あたりのコスト優位と価格決定力をもたらし、各事業が安定的な収益を生む構造であった。巨大市場における中位のシェアではなく、小規模市場における圧倒的シェアを追求した点がHOYAの事業設計の特徴であった。

決断

高シェア製品の集合体として営業利益率12.5%の高収益体質を実現

高シェア製品の集合体として、1990年3月期のHOYAは売上高1,233億円に対し営業利益154億円を計上し、営業利益率12.5%を達成した。日本の製造業としては異例の高い水準であり、シェア戦略と直販体制の組み合わせが利益率の向上に寄与した。HOYAは巨大市場を追わず、技術的な参入障壁の高いニッチ市場で支配的な地位を築くことで資本効率の高い経営を実現した。

好況期にも生産能力を意図的に抑え、不況期には安定稼働を維持するという操業方針は、景気変動に左右されにくい収益構造を生んだ。この操業思想は1960年の5ヵ年計画で導入された直販体制に起源を持ち、各事業部で一貫して適用された。シェアの追求、直販体制、操業設計の三位一体が、営業利益率12.5%という数字の背景にある構造であった。

結果

高収益体質がROE経営への転換と事業ポートフォリオの入れ替えを準備

高シェアに基づく安定収益は、1990年代以降のHOYAの経営転換の前提条件となった。1994年にROEを経営指標に据える改革が可能であったのは、各事業が生み出す安定的なキャッシュフローが改革原資を提供したからである。不採算事業の撤退やペンタックスの買収・売却といった事業ポートフォリオの入れ替えも、主力事業の高収益が財務的な余力を生んだことで実行可能となった。

ただし、この事業構成には限界も内在していた。各市場が小規模であるがゆえに個別事業の成長の天井が早期に訪れる。さらに、コンタクトレンズ事業の薬事問題やクリスタル食器市場の縮小のように、ニッチ市場ゆえの脆弱性も存在した。シェアの高さは参入障壁として機能する一方、市場そのものの縮小に対しては防御力を持たないという構造的な限界が、1990年代以降の事業再編の背景にあった。