4WD「レオーネ」を発売
大手が注力しない4WD市場に活路を見出した中堅メーカー
1970年代、国内の乗用車市場ではトヨタや日産といった大手完成車メーカーが圧倒的なシェアを握り、中堅メーカーの富士重工が正面から競合するのは難しい状況にあった。そこで富士重工は、当時の四輪車市場に占める割合がわずか数%にとどまる4WD(四輪駆動)の領域に経営資源を集中する方針をとった。大手メーカーにとって市場規模の小ささは参入を躊躇させる要因であり、富士重工にとっては競争が緩やかなニッチ市場として映った。
技術面では、自動車業界において採用例の少ない水平対向エンジンの開発に注力した。水平対向エンジンは重心が低く左右対称のレイアウトとなるため、4WDシステムとの組み合わせにおいて走行安定性の面で優位性があった。1972年には国内で業界初となる乗用車タイプの4WDを開発し、富士重工は4WDの技術的な先行者としての立場を築いた。大手が見向きもしない領域で技術を磨き続けたことが、後の市場拡大局面で競争優位に転じる素地を作った。
改良型「レオーネ」の投入で4WD市場のシェア首位を獲得
1979年、富士重工は4WDの改良型モデル「レオーネ」を発売し、4WDを軸とした車種展開を本格化させた。レオーネは乗用車としての快適性と四輪駆動による走破性を両立した車種であり、降雪地域や山間部の顧客を中心に支持を集めた。富士重工はこの車種を起点にSUBARUブランドを4WDの代名詞として浸透させ、限られた経営資源を4WDという一点に絞る戦略を鮮明にした。
この集中戦略は市場シェアに直結した。1980年度には富士重工が国内4WD市場において販売台数ベースでシェア38.5%を獲得し、トヨタ(20.6%)やスズキ(19.6%)を抑えて首位に立った。大手メーカーが本腰を入れない隙間で先行投資を続けた結果、中堅メーカーが特定セグメントで圧倒的な地位を築くという構図が成立した。4WDにおける技術蓄積とブランド認知は、後のレガシィや北米SUV展開の基盤となった。