重要な意思決定
20189月

浜松工場を新設

背景

東日本大震災が浮き彫りにした二輪車拠点の防災リスク

2011年3月の東日本大震災を契機に、東海地震の想定被災地域に位置する静岡県沿岸部の防災リスクが改めて注目された。スズキの二輪車生産拠点は浜松市内の複数箇所に分散しており、とりわけ二輪技術センターは海岸からわずか200mの地点に位置していた。南海トラフ地震に伴う津波が発生した場合、二輪車の開発・設計機能が甚大な被害を受ける可能性が高く、二輪車事業の存続にかかわる防災上の対策が不可欠となっていた。

拠点の分散は防災面だけでなく、平時の生産効率にも課題を生んでいた。部品工場と組立工場が離れた場所に立地するため、工場間の物流に時間とコストを要し、技術者の連携にも地理的な制約があった。2011年7月にスズキは国内の二輪車生産を浜松市北部の新工場に一括集約する方針を発表し、北ブロック(部品工場)と南ブロック(組立工場・技術センター)で構成される浜松工場の建設に着手することを決定。投資総額は累計610億円と見積もられた。

決断

610億円を投じた二輪車の開発・生産一極集約

2014年1月に浜松工場の建設工事に着工した。当初は2015年から2017年にかけて北ブロック・南ブロックの各施設を順次稼働させる計画であったが、工事は予定より遅延し、最終的な竣工は2018年9月となった。約1年の遅れを伴ったものの、二輪車の研究開発から部品の製造、完成車の組立に至る全工程を単一拠点に集約した国内最大級の二輪車生産施設が完成し、部品供給から出荷までの一貫体制が構築された。

浜松工場への機能集約は、災害発生時の被害範囲を限定して復旧を迅速化する防災面の効果にとどまらない。沿岸部に分散していた施設を内陸の単一拠点に統合したことで、拠点間物流のコスト削減と技術者間の日常的な連携強化が同時に実現した。スズキにとって二輪車は1952年の参入以来70年近い歴史を持つ事業であり、610億円を投じた国内生産拠点の再編は、祖業に次ぐ二輪車事業の長期的な競争基盤を確保するための経営判断であった。