重要な意思決定
世界初の量産ハイブリッド車プリウスを発売
背景
燃費目標の1.5倍から2倍への引き上げがハイブリッド採用を不可避にした
プリウスの開発の起点は1993年に発足したG21プロジェクトにあり、内山田竹志主査を中心に「21世紀の自動車」を構想する社内検討から始まった。当初は燃費を従来比1.5倍にする目標だったが、経営陣がこれを2倍に引き上げたことで、エンジン効率改善の延長線では到達できない水準が設定された。ハイブリッドシステムの採用が技術的に不可避となり、1968年のガスタービン研究以来トヨタが断続的に蓄積してきた電動化の知見がここで合流した。
決断
シリーズ・パラレル方式のTHSを採用し世界初の量産HVとして発売
1995年に燃費2倍を達成できる手段としてハイブリッドシステムの採用が決定され、シリーズ・パラレル方式のトヨタ・ハイブリッド・システム(THS)として結実した。1997年10月に世界初の量産ハイブリッド乗用車としてプリウスを発売した。2003年にはTHSIIを搭載した第2世代プリウスを発売し、電圧昇圧回路の採用でモーター出力を大幅に向上させた。ハイブリッド技術は乗用車にとどまらず、エスティマ、ハリアー、カムリへと車種展開が進んだ。
結果
累計300万台を突破しHVが量産技術として定着
2006年には米国ケンタッキー工場でカムリ・ハイブリッドの生産を開始し、タイ・中国・英国へと海外生産拠点も拡大した。2007年にハイブリッド車の累計販売が100万台、2011年には300万台を突破した。ハイブリッド車は実験的な環境技術製品から量産ラインで安定的に生産できる商用技術へとその位置づけを根本的に変えた。この技術蓄積を基盤として2014年に燃料電池車ミライを発売し、HV・PHV・BEV・FCVの4種を並行する「マルチパスウェイ戦略」へと展開した。