重要な意思決定
ケンタッキー州で北米単独生産を開始
背景
輸出自主規制による供給不足がNUMMI合弁では吸収できない規模に拡大
1980年代初頭、日本車の対米輸出自主規制と米国議会でのローカルコンテント法案の動きが、トヨタに北米での現地生産の決断を迫った。1981年にフォード・モーターとの合弁交渉が決裂した後、1984年にGMとの合弁でNUMMIを設立した。NUMMIでは約2年にわたり生産管理、労使関係、品質管理のノウハウを蓄積したが、北米販売が年100万台規模に達すると合弁だけでは供給が追いつかなくなった。
決断
全米29州の公募からケンタッキー州を選び単独工場を建設
1985年7月の臨時取締役会で米国およびカナダへの単独工場進出を決定した。全米29州から誘致提案を集め、部品調達、物流、労働力、州政府の優遇措置を多角的に分析した結果、1985年12月にケンタッキー州を選定した。1986年1月にToyota Motor Manufacturing, U.S.A.(TMM)を設立し、全従業員を自動車生産の未経験者から新規採用した。日本製と同等の品質を実現することを絶対条件に掲げ、基礎を重視した人材育成の仕組みを一から構築した。
結果
北米の中核生産拠点となり現地社会に不可逆的に定着
1988年3月に第1工場が竣工してカムリの生産を開始し、フレキシブル・ボデー・ラインなど最新設備を導入した。1994年には第2工場を竣工して年産能力をさらに拡大した。雇用の創出と部品の現地調達を通じた地域経済への貢献は日米貿易摩擦の緩和にも寄与した。1989年には高級車ブランド「レクサス」を北米市場で発売し、大衆車メーカーというイメージからの脱却も図った。NUMMIで培った海外製造の経験を各地域に応用するトヨタ独自の海外進出パターンが確立された。