重要な意思決定
トヨタ自工とトヨタ自販が合併し製販統合
背景
32年間の工販分離体制がグローバル競争下で意思決定の遅れを招いた
1950年に実施された工販分離は再建期に資金の混在を断ち切る制度設計として機能したが、32年が経過しグローバルな市場競争が本格化するなかで、開発・製造・販売を別組織で運営する体制は意思決定の遅さという弊害を生んでいた。販売現場の情報を開発に素早くフィードバックし、商品企画の精度を高める必要が生じており、北米・欧州への展開が加速するなかで一体的な経営判断の仕組みが求められていた。
決断
トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売を合併し現社名に変更
1982年7月、トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売が合併し、現社名のトヨタ自動車株式会社が発足した。32年間にわたった製販分離体制を解消し、開発・製造・販売を一つの組織で統括することで意思決定を迅速化する狙いだった。同年にはトヨタモータークレジットを設立して米国での販売金融に参入し、自動車の製造にとどまらず販売金融を含めた顧客接点の一貫体制を築く動きが始まった。
結果
開発・製造・販売の一体経営でグローバル展開が加速
製販統合により販売現場の情報が開発に直接フィードバックされる体制が整い、商品企画の精度と意思決定の速度が向上した。2000年には金融統括会社トヨタファイナンシャルサービスを設立し、販売金融のグローバル統括体制を構築した。1998年にダイハツを、2001年に日野自動車を子会社化するなどグループ再編も進み、製販統合はグローバル展開を支える経営基盤の転換点となった。