重要な意思決定
19701月

日本自動変速機を設立(ジャトコ)

背景

AT特許の制約と輸出車への搭載リスク

1960年代後半、自動変速機(AT)の搭載が乗用車の標準仕様として普及しつつあった。日産自動車は自社開発のATを国内販売車両(サニーB10)に搭載しており、国内市場では特許上の問題はなかった。しかし、輸出車においては米ボルグワーナー社が保有するAT関連特許に抵触するリスクが存在しており、北米を中心とした輸出拡大の障壁となっていた。 ボルグワーナー社はGM・フォードとの間でクロスライセンス契約を結んでおり、いずれかの企業から技術導入を受けることで特許問題を回避できる構造にあった。ところが、ボルグワーナーはトヨタ系の部品メーカーであるアイシン精機と合弁会社を設立しており、日産自動車にとって直接提携は競合上の懸念があった。

決断

フォードとの合弁によるジャトコの設立

そこで日産自動車は、クロスライセンス先である米フォード社からの技術導入を選択した。1970年1月にフォード、日産自動車、マツダの3社合弁により「日本自動変速機株式会社(ジャトコ)」を設立。出資比率はフォード50%、日産25%、マツダ25%とし、フォードが主導権を握る形とした。 ジャトコの本社工場には、日産のトランスミッション生産拠点であった旧吉原工場の一部敷地を活用した。追浜工場の稼働に伴い乗用車生産から部品工場へ転換されていた吉原工場が、AT専業メーカーの拠点として新たな役割を担うこととなった。