赤字転落。構造改革を開始
金融危機で需要急減し赤字へ転落
2008年のリーマンショックにより、ヤマハ発動機の主要市場である北米・欧州を中心に需要が急減した。特に影響が大きかったのは北米依存度の高いマリン事業と特機事業であり、販売数量の減少が在庫増加と稼働率低下を通じて損益に直結した。一方、新興国向け比率が高い二輪車事業はセグメント黒字を維持していたが、全社業績を下支えするには至らなかった。
その結果、2009年12月期の業績は急速に悪化した。営業損失は▲625億円、経常損失は▲683億円となり、各事業の売上減少が営業段階で赤字を生んだ。これに加え、将来の事業規模を前提としない体制へ移行するため、構造改革費用1,037億円を特別損失として計上したことで、当期純損失は▲2,161億円に拡大した。
規模前提を捨て分岐点型へ転換
赤字転落を受け、ヤマハ発動機は2008年12月に構造改革の開始を公表した。改革の中心は、生産規模の維持を前提とする経営から、損益分岐点を引き下げる経営への転換であった。生産体制については、従来の「12工場・25ユニット」体制を見直し、「7工場・14ユニット」へ集約する計画を示し、固定費構造の圧縮を優先課題とした。
あわせて、事業別に損益分岐点の目標が設定された。二輪車は年産20万台、船外機は23万台、ATVは10万台とされ、これらを下回っても損失が拡大しない体制への転換が目指された。人員面では、2010年9月に希望退職者を募集し、932名が応募した。これに伴い、特別退職加算金110億円を特別損失として計上した。
一括損失計上で構造調整を完了
2009年12月期において、ヤマハ発動機は構造改革費用を含む損失を一括で計上した。営業段階での赤字に加え、減損損失や人員削減費用を特別損失として処理することで、従来の事業規模を前提とした固定費構造を整理することを優先した。結果として、同年度は大幅な最終赤字となった。
このイベント時点での帰結は、赤字そのものではなく、以降の事業運営の前提条件が切り替えられた点にあった。生産拠点・人員・固定費を縮小したうえで、損益分岐点を基準に事業を運営する体制が整えられた。2008年12月の構造改革開始は、ヤマハ発動機が外部環境の急変を受け、規模成長路線を明確に放棄した転換点であった。