マリン事業の構造改革
マリン事業における船外機と国内舟艇の収益二極化が拡大
ヤマハ発動機のマリン事業は、創業期からの経緯により長期にわたり継続されてきた。1980年代にはレジャー需要の拡大局面があった一方、1990年代に入ると需要環境が変化し、収益性の差が事業内で拡大した。1990年代後半の時点で、同社は安定需要が見込める船外機を抱える一方、国内の舟艇分野では「和船・漁船・ボート」など需要が伸びない品目を抱えていた。漁業の低迷や、バブル崩壊後のレジャー需要の減速により、国内舟艇市場の生産規模は縮小していた。
また、同社はマリーナ運営や免許教室など需要喚起・インフラ面の取り組みも行ってきたが、1990年代後半の段階では、国内の市場規模と生産体制のギャップが残っていた。需要が伸びない品目を維持したまま国内工場を稼働させることが、固定費負担として残る構造になっていた。
国内舟艇5工場を3工場に再編し507名の人員削減を実施
1998年9月、ヤマハ発動機はマリン事業について「舟艇事業の構造改革・国内ボート製造工場の再編成」に関する方針を公表した。国内舟艇事業の生産規模の縮小に合わせて、人員削減と国内工場の統廃合を進め、固定費負担を縮小することを狙いとした。
人員面では、国内の船舶製造に関わる子会社で希望退職を募り、507名を対象とした削減を行った。配置転換も選択肢として示しつつ、結果として退職を選ぶケースが発生した。生産面では、工場稼働率60%という前提の下で、国内工場を5工場体制から3工場体制(北海道工場・蒲郡工場・浜松工場)へ再編する方針を取った。香川県の志度工場は閉鎖を決定し、従業員の配置転換を促したが、転換に応じた人数は12名にとどまった。熊本県の八代工場は閉鎖せず、生産品目を船外機へ転換する方針が示された。
国内舟艇の縮小と並行して北米船外機中心の収益構造へ転換
2000年以降、ヤマハ発動機のマリン事業は船外機を中心に販売構成が変化した。地域別では北米向けが比重を占め、国内舟艇の縮小と並行して、船外機を主力とする収益構造へ寄せた。事業運営上は、国内の需要縮小品目を抱える体制から、船外機を中心にした生産・販売体制へ移行した。