重要な意思決定
20053月

多角事業の整理

背景

多角化した事業群が持続的キャッシュ創出に結びつかない構造

2000年代初頭のヤマハは、楽器事業に加え、電子機器・電子金属、AV・IT、リビング、レクリエーションといった多角事業を抱えていた。1990年代までは国内市場の拡大に支えられ一定の売上規模を維持していたが、人口減少と需要成熟の進行により、トップラインは横ばい圏に入った。拡張した事業ポートフォリオを支えるだけの収益力を確保できない状態が続いた。

楽器事業は安定的に黒字を確保していたものの、他事業の赤字を補填するには規模が不足していた。電子機器・電子金属事業は2003年に携帯電話用音源LSIの需要拡大で一時的な高収益を計上したが、半導体市況の変動と競争激化により収益は不安定であった。リビングやレクリエーションは固定費負担が重く、景気後退局面で利益が急速に悪化した。

2000年3月期に最終赤字407億円、2009年3月期にも206億円の最終赤字を計上し、特別損失の計上が常態化した。問題は個別事業の一時的な失敗ではなく、多角化により拡張した事業群が持続的なキャッシュ創出に結びついていない構造にあった。資本が分散し、全社の収益力が希薄化する状態の是正が不可避となった。

決断

雇用と地域経済に配慮した段階的な撤退戦

2005年3月期を転機に、ヤマハは「選択と集中」を掲げ多角事業の整理を本格化した。ただし一括撤退ではなく、雇用や地域経済への影響を踏まえた段階的縮小を選択した。各事業の競争力と将来性を検証し、売却可能な事業から順次整理する方針をとった。

電子機器・電子金属事業では、2007年にヤマハメタニクスをDOWAメタルテックへ売却し、2014年にはヤマハ鹿児島セミコンダクターをフェニテックへ売却して完全撤退した。リビング事業は2010年に日本産業パートナーズへ譲渡し、レクリエーション事業も主要施設を三井不動産などへ売却した。

一方で、楽器および音響機器など音技術を基盤とする領域には投資を継続した。中国での生産体制整備や国内工場の再編を進め、経営資源を「音」を軸とする事業群へ再集中させる方向へ舵を切った。ルーター事業など技術的近接性の高い分野は維持し、非中核事業からの撤退を段階的に進めた。

結果

半世紀の多角化構造を縮小し音の企業へ回帰

2000年代を通じてヤマハは減損損失や構造改革費用を計上しながら、多角事業の縮小を進めた。短期的には利益を圧迫したが、資本の滞留は徐々に解消され固定費構造の改善が進んだ。事業ポートフォリオは簡素化され、収益の源泉は楽器と音響へと再集中した。

レクリエーション、リビング、電子機器・電子金属といった事業は整理され、1959年から半世紀にわたり拡張してきた多角化構造は収束局面に入った。企業規模の拡大よりも収益の安定性が優先される経営方針への転換であった。

結果として、ヤマハは「音」を中核とする事業群へと再定義された。多角化の整理には時間を要したが、川上源一体制以降に拡張してきた事業ポートフォリオとの実質的な決別が進められた。2005年は拡張から収束への転換点として位置付けられる。