重要な意思決定
2003

複写機の営業強化・営業職を大量採用

背景

携帯電話販売から法人向けOA機器の訪問営業に原点回帰

HIT SHOP問題による経営危機を経て、光通信は法人営業への原点回帰を決断した。携帯電話の店舗販売で余剰となった人員を、法人向け複写機の営業部門に振り向ける方針を定めた。複写機事業は販売時の手数料に加え、コピー使用量に応じたストック型の手数料収入が継続的に発生する収益構造を持っており、販売後もキャッシュフローが積み上がるビジネスモデルが事業再建の軸として選択された理由であった。

光通信の複写機事業におけるメーカーとの関係も、事業転換を支えた要因であった。1990年から光通信はシャープとOA機器販売で取引関係にあり、引き続きシャープ製品を中心に取り扱った。事務機市場でリコー・キヤノン・富士ゼロックスに対して下位に位置していたシャープにとっても、大手が直販で手薄な中小企業市場を光通信の営業力で開拓できる点は利害が一致した。メーカーから仕入れた製品を営業力で中小企業に販売する代理店モデルが光通信のビジネスの根幹となった。

光通信の法人事業は、大量の営業人員を採用して中小企業経営者への接触回数を最大化する手法に特化した。顧客リストとして活用したのは、NTTが発行するタウンページに掲載された約530万社の企業情報であった。公開情報であるため参入障壁はなかったが、掲載企業に片端から電話をかけて面会約束を取り付け、訪問営業で成約につなげるという手法を組織的に実行する競合は他にほとんど存在しなかった。

決断

午前テレアポ・午後訪問の営業サイクルを標準化

光通信は営業活動を「午前中のテレアポ、午後の訪問営業」という型に標準化した。午前中は見込み客に対して電話営業を実施し、コピー機の販売を持ちかけるとともに、対象企業のコピー機の機種・リース期間・1日のコピー枚数といった稼働情報を5〜6分で収集した。蓄積されたデータはリース切れ時期の把握に活用され、最適なタイミングでの売り込みが可能となった。データベースの情報量は約700万社分に達し、営業効率の向上を支える基盤となった。

午後は1日あたり5〜6軒の訪問営業に充てられた。訪問件数自体は多くないが、午前のテレアポで面会の約束を取り付けた見込み客を訪問するため成約率は高く、「面会の約束が取れたら5割程度は契約に結びつく」とされた。電話による情報収集と訪問営業を組み合わせた仕組みが販売効率を支えた。商品の技術的な差別化が難しい複写機市場において、光通信は営業力を属人的なスキルではなく接触回数とデータ活用という組織的な仕組みに還元した。

2003年6月には代表取締役2名体制を敷いて経営再建を本格化し、法人向けOA機器営業を事業の中核に位置づけた。光通信の営業モデルの特徴は、高度な商品知識を必要としない点にあった。複写機の性能差ではなく「営業マンが訪問して提案したかどうか」で導入が決まる市場であるため、未経験の若手を投入しても一定の成約率が確保できた。この構造が、大量採用を前提とした営業体制の基盤となった。

結果

年間1500名の大量採用と1000名超の離職が常態化した営業組織

営業体制の強化にあたり、光通信は大量採用を前提とした人員確保を実施した。2003年時点で年間1500名の社員を採用し、中小企業向け営業の人員を拡充した。中途採用では「法人向け企画提案営業」の職種で「未経験者歓迎」「固定給26万円以上+歩合制」の条件を提示し、営業経験を問わない採用方針を取った。「何でもチャレンジしたい、元気のある人待ってます」という採用メッセージは、スキルよりも行動量を重視する光通信の営業文化を反映していた。

しかし、過酷な営業環境により離職者は年間1000名以上に及んだ。歩合制の比率が高い報酬体系のもとで成果を上げられない人材は経済的に維持が難しくなり、自然に脱落していく構造であった。光通信はこの離職を補填するために大量採用を継続する道を選択した。結果として、年間1500名を採用して1000名超が離職するという高い人員入替が常態化し、光通信は「営業が厳しく離職者が多い会社」として広く知られるようになった。

この大量採用・大量離職の循環は、光通信の営業組織を常に「若く、行動力があり、既存の商慣行に染まっていない」状態に維持する機能を果たした。2004年3月には最終黒字に転換し、OA機器の販売拡大による収益の回復が実現した。コピー機1台の販売ごとに手数料とストック収入が積み上がる構造は、営業人員の量的投入に比例して収益が拡大する仕組みであり、この地道な積み上げが経営再建の原動力となった。