重要な意思決定
19745月

交流磁界センサに参入

背景

プレス加工における金型破損という製造業の課題

1970年代初頭、トヨタ自動車をはじめとする自動車メーカーはプレス加工において深刻な問題を抱えていた。板金の自動供給装置で二重送りが発生すると、数億円規模の高額な金型が破損する事故が繰り返されていた。当時も検知装置は存在したが動作が不安定であり、生産現場では金型保護が慢性的な課題となっていた。

この課題を知った滝崎武光氏は、交流磁界を応用した磁気センサによって板金の二重送りを検知する装置を開発した。1973年4月にトヨタ自動車への納入に成功し、約1年後にはトヨタの工場指定を獲得した。これを皮切りに日産自動車、三菱自工、本田技研など主要自動車メーカーへの納入が拡大し、キーエンスのセンサー事業の基盤が形成された。

決断

標準品特化と付加価値ベースの価格設定

センサー事業の拡大にあたって、キーエンスは二つの重要な方針を採った。第一に、受注生産(カスタム品)を行わず、カタログの標準品に特化したことである。カスタム品に対応すれば設計・生産コストが増加するため、汎用的な標準品を企画開発し、製品原価を抑制する方式を選んだ。1975年時点で金属2枚送り検出器の単価は85,000円であった。

第二に、価格設定を原価ベースではなく、顧客にとっての費用対効果を基準に据えたことである。センサーは設置しなくても生産ラインは止まらないが、異常検知によって歩留まりが向上し、数億円規模の金型破損を未然に防ぐことができる。この導入効果に対する対価として価格を設定したことで、原価に対して高い利益率を確保する構造が生まれた。

結果

法人化とセンサー専業への転換

トヨタ自動車との取引が軌道に乗ったことを受けて、1974年5月に滝崎氏はリード電機を株式会社化した。法人化の直接的な理由はトヨタとの取引に法人口座が必要であったためと推察される。設立地は尼崎市であり、1977年時点で池田と東大阪に工場2拠点を運営していた。1970年代を通じて、金属片の検知を中心とした異常検知センサの製品群を年間1〜2製品のペースで拡充した。

交流磁界センサへの参入は、キーエンスの事業の方向性を決定づけた。生産現場の課題を解決するセンサーを標準品として開発し、付加価値ベースで価格を設定し、直販体制で顧客に届ける。このビジネスモデルの原型が1970年代に確立されたことで、キーエンスは後に祖業の切断機事業を売却し、センサー専業メーカーへの転換を完了することとなった。