協和発酵とMSGの全量買取契約を締結
直接発酵法の登場がMSG単品依存の競争優位を揺るがす
1956年9月、協和発酵工業は微生物を用いた直接発酵法によるMSG製造の開始を公表した。直接発酵法は糖質原料を基質としてグルタミン酸を生成する製法であり、酸分解法に比べて工程の簡略化と製造コストの低下が見込まれた。原料選択の自由度が高く副産物処理の制約も小さいため、中長期的にコスト構造を変える可能性を持っていた。
当時、味の素は川崎工場を中核とする量産体制と全国特約店網により国内MSG市場で高いシェアを維持していたが、製法面では酸分解法への依存が続いていた。直接発酵法で後発となることは価格競争力と国内シェアの双方に影響を及ぼす事態であり、1950年代半ばには経営課題として認識されていた。
技術対立を回避し全量買取契約で市場安定を優先
味の素が選択したのは、直接発酵法を巡る競争を排他的な技術対立に持ち込まず、市場供給の安定を優先する対応であった。1956年11月、協和発酵工業との間で同社が製造するMSGを全量買い取る売買契約を締結した。この交渉には、朝日麦酒社長であり両社と関係を有していた山本為三郎が仲介役として関与した。
さらに1958年1月には特許に関する相互確認の覚書が交わされ、1959年11月にはクロスライセンス協定が成立した。味の素は自社の販売網を通じた供給を継続し、協和発酵は生産拡大の見通しを得た。競争を市場分断や訴訟に発展させず、技術の共存と市場安定を前提とする形で整理する判断であった。
国内シェアを維持しつつMSG単品依存からの転換契機に
1960年2月の協和発酵による追加特許公告を経ても、両社はクロスライセンス協定に基づく協議を継続し、直接発酵法を巡る競争は訴訟には発展しなかった。味の素は供給量と品質を確保し、川崎工場の量産と全国特約店網による販売を維持した。
一方、この経験はMSG単品に依存した収益モデルの不確実性を顕在化させた。製法優位が崩れ得るという認識は、味の素が調味料・食品分野への投下資本を段階的に拡大する方向転換の契機となった。直接発酵法の登場は短期的には競争条件の変化であったが、中長期的には複数事業による安定成長を志向する経営判断を促す構造的な転機であった。