重要な意思決定
1920

全国に特約店網を整備

背景

販売先廃業と地域分散型市場が独自販路の構築を不可避に

1909年に一般販売が始まった「味の素」は、調味料としての需要がまだ確立されておらず、発売初期は日本醤油醸造株式会社を通じた販売に依存していた。しかし同社が1910年にサッカリン使用問題で破綻したことにより、独自に販路を構築する必要に迫られた。調味料という性質上、単発の卸売では継続的な販売量を確保しにくく、小売段階まで含めた流通設計が課題であった。

当時の国内市場では地域ごとに商習慣や有力商店が異なっており、全国一律の販売方式は現実的ではなかった。地域別に有力な商店と継続取引を結び、販売を委ねる体制の整備が求められていた。

決断

特約店制度の段階的構築により価格統制と販路障壁を形成

味の素は1910年代を通じて、東京・大阪を起点に地域別の特約店制度を整備した。特約店には一定地域での販売を委ね、価格や流通量の調整を行うことで無秩序な値下げや流通混乱を抑えた。さらに特約店の下に副特約店と小売店を組み合わせる重層的な販売網が形成された。

1920年代に入ると特約店網は全国主要都市へ広がり、販売は関西地域を中心に拡大した。「味の素」は特定の流通経路を通じて供給される商品として認識されるようになり、川崎工場による量産体制と結びつくことで後発企業が有力販路に参入する余地は限られた。販路構築そのものが事業障壁を形成する構造が成立した。