重要な意思決定
19752月

半導体フォトマスク検査への参入

背景

X線テレビ・ITV下請けの限界

1960年代から1970年代にかけて、日本自動制御は工業用テレビジョンカメラやX線テレビの開発・製造を手がけていたが、事業の多くは大手メーカーからの受注に依存する下請け的な構造であった。受注は安定しているものの、価格決定権は発注元にあり、利益率の向上には限界があった。従業員は30人程度の小所帯であり、量産品で大手と正面から競合できる体力は持ち合わせておらず、技術的な差別化が可能な市場を自ら開拓する必要があった。

1970年代に入ると、日本の半導体産業は集積回路(IC)からLSIへの移行期を迎えていた。LSIの製造にはフォトマスクと呼ばれる回路パターンの原版が必要であり、その品質管理が歩留まりを左右する重要工程となっていた。しかしフォトマスクの欠陥検査は人間の目視に頼っており、回路パターンの微細化が進むにつれて目視では対応しきれない精度が要求されるようになり、自動検査装置への需要が顕在化しつつあった。

内山康は、こうした検査自動化のニーズの中から、半導体フォトマスクの欠陥検査を開発テーマとして選定した。内山は開発課題の「選ぶ力」が経営者にとって最も重要な能力であるという持論を持っており(出所:技術と経済 1981年5月号)、多数ある開発候補から間違ったものを選ぶと会社にとって致命的であると認識していた。X線テレビで培った光学技術と画像処理の知見を半導体検査に応用できるという技術的な見通しが、この選択を後押しした。

決断

世界初のフォトマスク欠陥検査装置を開発

1975年2月、日本自動制御はLSIフォトマスクのピンホール検査装置を開発した。半導体のフォトマスクに生じる微細な欠陥を光学的に検出する装置であり、X線テレビで培った光学技術を応用した製品で、同社が半導体業界に初めて参入した製品となった。翌1976年10月には、さらに高度なLSIフォトマスク欠陥検査装置「1MD1」を完成させた。1ミクロンの精度でLSIのマスクパターン欠陥を自動検査する世界初の装置であり、それまで人間の目視に依存していた検査工程を自動化するものであった。

開発は社内で完結させた。内山は外注に試作品を作らせる方式では、設計者の頭の中にまだ十分にまとまっていない技術的課題を解決できないとして、商品化は困難であるという考えを持っていた(出所:技術と経済 1981年5月号)。設計と現場が物理的に近い中堅企業の強みを最大限に活かし、開発から商品化までを自社内で一貫して行った。大企業であれば開発に2年を要する案件でも、日本自動制御は半年で仕上げにかかるスピード感を強みとしていた。顧客のスペック要望を受けてから納品までの速度で競争相手を上回ることが、同社の営業戦略の核であった。

半導体メーカーにとって、フォトマスクの欠陥検査は歩留まり向上の鍵であり、自動化のニーズは切実であった。回路パターンの微細化が進むほど、目視検査では見落としが増え、歩留まり低下の原因となる。1MD1は業界の要求に応える製品として評価され、大手半導体メーカーからの受注につながった。内山が「ニーズは空気のごとく充満している」と表現したように(出所:技術と経済 1981年5月号)、市場には検査自動化への潜在需要が存在しており、それを製品として具現化したのが日本自動制御であった。

結果

半導体検査装置メーカーとしての地位確立

1977年、「1MD1」は日刊工業新聞社の「十大新製品賞」を受賞した。1979年には「科学技術庁長官賞」も受賞し、フォトマスク欠陥検査装置の技術的優位性が公的にも認められた。同年、米国カリフォルニア州サンマテオに初の海外拠点となる駐在員オフィスを設立し、世界最大の半導体製造装置展示会であるSEMICON Westに初出展した。国内の半導体メーカーだけでなく、海外市場への進出も視野に入れた動きであった。

1980年には「大河内記念技術賞」「中小企業庁長官賞」を相次いで受賞し、同年、自社製品100%を達成した。これは大手メーカーの下請けから完全に脱却し、自社ブランド製品のみで事業を構成するに至ったことを意味する。昭和55年度(1980年度)の売上高は19億7千万円、従業員30人という規模であったが(出所:技術と経済 1981年5月号)、フォトマスク欠陥検査装置という技術的参入障壁の高い市場を確保した。

この参入は、単にX線テレビから半導体検査への事業転換にとどまらず、同社の事業モデルの本質を確立した出来事であった。「世の中にないものをつくり、世の中のためになるものをつくる」という内山の理念は、フォトマスク検査装置の開発において初めて具体的な製品として体現され、以後の製品開発の基本方針となった。この方針は65年後の現在に至るまで企業理念として受け継がれ、EUV検査装置の開発に至る道筋を規定した。