物流プロジェクトを発足
冷凍食品の流通量拡大で保管中心の冷蔵倉庫モデルが限界に到達
1980年代後半、ニチレイの物流事業は転換点を迎えていた。従来の冷蔵倉庫はコンテナ単位で大量に保管し、一定期間後に出庫する保管型が中心だった。しかし冷凍食品の流通量拡大や輸入食品の増加により出入庫頻度は高まり、保管中心の運用では対応しきれなくなっていた。
小売業態の変化も影響した。スーパーマーケットでは多品種少量・短納期への対応が求められ、単なる保管ではなく仕分け・積み替え・配送まで含めた物流機能が必要とされた。冷蔵倉庫は物理的な容量ではなく処理能力や回転率が問われる段階に入っていた。
こうした需要変化に対して、倉庫業の延長では限界が見え始めていた。冷蔵倉庫の価値を保管面積で測る従来の発想では、小売側が求めるサービス水準に応えられない構造的なギャップが生じていた。
物流プロジェクトを発足し「保管」から「処理と移動」への再定義に着手
1989年、ニチレイは「物流プロジェクト」を発足させ、冷凍物流の再定義に着手した。プロジェクトは冷凍事業の系列会社や開発部門、商事部門を横断して編成され、新しい物流像として二つの方向性が提示された。一つは顧客ごとの要望に応じた物流設計を行う顧客密着対応型であった。
もう一つは、保管を前提とせず移動と処理を中心に据える「システム物流」の構想だった。ストレージではなくトランスファーを重視し、仕分け・通関・軽加工・配送を一体で提供する発想である。物流をコストではなく付加価値を生む機能として捉え直す判断であった。
この再定義は、冷蔵倉庫業が持つ設備依存の思考を離れ、需要側の変化に合わせて機能を組み替えるという転換を含んでいた。保管面積から処理能力へ、容量から回転率へと評価軸を切り替える判断であった。
「物流サービスセンター」への改称と共同配送体制の確立
1990年、ニチレイは「冷凍工場」と呼んでいた拠点を「物流サービスセンター」へ改称した。保管拠点からサービス提供拠点への転換を社内外に示す象徴的な名称変更であった。同時に日本低温流通の組織再編を行い、全国配送体制を整備した。
物流サービスセンターではL字型プラットフォームによるバース集約やトラック一時待機を前提とした運用が導入された。オンライン化による情報管理を組み合わせ、在庫状況や出荷指示を可視化することで、共同配送や多頻度小ロット配送への対応が可能となった。
これにより大手小売業との取引拡大につながり、冷凍倉庫業は物流サービス事業へと性格を変えていった。拠点の呼称変更は単なる名称の問題ではなく、事業の定義そのものを書き換える行為であった。