デルモンテ商標の使用権を取得
低収益デルモンテ事業と米国親会社の大型再編
1963年以降、キッコーマンはデルモンテ社と提携し、日本国内でトマトケチャップやトマトジュースの製造・販売を行ってきた。しかし1990年前後の売上高は約240億円にとどまり、利益率は低迷していた。国内トマト加工品市場ではカゴメが先行企業としてケチャップおよびトマトジュースで高いシェアを確保しており、後発のキッコーマンは販売数量を伸ばしにくい状況に置かれていた。
加えて、デルモンテブランドの使用にあたっては年間約4億円、推定売上高比で約5%に相当するロイヤリティを米国側に支払う必要があった。この固定的なコスト負担は、売上規模が限定される中で事業収益を圧迫し、デルモンテ事業の収支改善を構造的に困難にしていた。
一方、米国側ではデルモンテ社が大型再編の渦中にあった。1979年にRJ・レイノルズがデルモンテを買収し、1985年にはナビスコとの統合でRJRナビスコ債下に組み込まれた。その後、KKRによるLBOを契機に事業の選択と集中が進められ、デルモンテ事業は売却対象として切り出されることとなった。この再編の過程が、キッコーマンにとって商標権取得の機会を生む環境を形成した。
アジア独占の永久商標権を210億円で取得
KKRは当初デルモンテ事業の一括売却を試みたが、希望売却額が約22億ドルと高水準であったため買い手が現れなかった。そこで事業および地域ごとに分割して売却する方針へ転換した。これを受け、キッコーマンは1988年から商標権取得の検討を開始し、日本長期信用銀行とともに買収スキームを構築してKKRとの交渉に入った。
1990年1月、キッコーマンはデルモンテのアジア・太平洋地域における商標使用権を1.5億ドル、約210億円で取得した。対象は加工食品および非アルコール飲料であり、期間は永久、かつ独占であった。取得額のうち約150億円は商標権として計上され、残る約60億円はデルモンテ社への出資とされた。
取得資金は転換社債の発行によって調達され、年間の金利負担は約4億円であった。従来のロイヤリティ支払いの解消に加え、アジア地域での再許諾収入や配当を組み合わせることで、年間約4億円の収益を確保できるかが投下資本回収の分岐点と位置づけられていた。
会計上の償却完了と事業面での限定的な成果
デルモンテ商標権は当初10年、のちに20年で償却され、2010年3月期に帳簿価額はゼロとなった。取得以降、特別損失は計上されておらず、会計上は想定されたスケジュールに沿って処理が進められた。
ただし事業面での成果は限定的であった。キッコーマンの海外事業の成長を牽引したのは北米の醤油事業であり、デルモンテ商標権を取得したアジア地域では売上成長が伸び悩んだ。2010年3月期におけるデルモンテ部門の海外売上高は約45億円にとどまり、全社の事業ポートフォリオにおける存在感は小さかった。
結果として210億円の投下資本は償却を通じて会計上は回収されたものの、売上成長や競争優位の構築という観点では当初の期待に比べて成果は限定的であった。特別損失を計上しないまま事業価値が縮小していくパターンは、会計上の健全性と事業上の成果が必ずしも一致しないことを示す事例である。