重要な意思決定
20123月

当期純損失4550億円を計上・CEO交代へ

背景

6年間で5期の最終赤字という異常事態

2009年3月期にソニーは最終赤字に転落し、以後2012年3月期まで4期連続で赤字が続いた。2013年3月期に一度黒字転換したものの、2014年3月期と2015年3月期に再び赤字に沈み、2009年から2015年までの6年間のうち5年が最終赤字という異常事態に陥った。赤字の要因は複合的であり、リーマンショック後の世界的な景気後退に加え、テレビ・携帯電話・PC・電池という主力事業が軒並み不振に陥ったことが重なった。

特に深刻だったのが2012年3月期の当期純損失4550億円であり、ソニーとして過去最大の赤字額となった。米国事業における収益性の悪化により繰延税金資産の取り崩しが発生し、約3000億円の評価性引当金を計上したことが損失を膨らませた。テレビ事業ではシャープの液晶テレビに市場を奪われ、携帯電話事業ではAppleのiPhoneに対抗できず、リチウムイオン電池事業ではiPhoneへの納入に至らなかった。

決断

ストリンガーCEOの退任と平井一夫の登板

4期連続の赤字を受けて、代表取締役CEOのハワード・ストリンガーは2012年に退任した。ストリンガーは2005年にCEOに就任し、エレクトロニクスとエンタテインメントの融合を掲げたが、エレクトロニクス事業の構造的な不振を止められなかった。外国人CEOによるグローバル経営体制は、結果として赤字の拡大と共に終わりを迎えた。

後任のCEOには平井一夫が選任された。平井はゲーム事業においてPlayStation 3の赤字体質からの立て直しを主導した実績があり、不振事業の再建手腕が評価されての登板であった。ソニーグループ全体の経営再建を託されたが、就任時点では赤字事業の整理と成長分野の選択という難題が山積していた。

結果

エンタテインメントと金融が製造業の赤字を支える構造

エレクトロニクス事業が赤字を計上し続ける一方で、ソニーは映画・音楽・金融の各事業において安定した収益を確保していた。とりわけ金融事業は、ソニーフィナンシャルホールディングスを通じたソニー生命の運用益が株式相場の回復によって拡大し、グループの収益を下支えした。

好調事業が不振事業を内部補助する構造は、ソニーがコングロマリットとしての体制を維持できた理由であると同時に、エレクトロニクス事業の抜本的な改革を先送りする要因ともなっていた。平井体制のもとでテレビ・PC・電池といった不採算事業の売却・撤退が進められることになるが、その過程はNo.8以降の歴史で記述される。