重要な意思決定
19125月

早川徳次氏が個人創業

背景

金属加工の職人が独立し個人事業を開始

金属加工の職人であった早川徳次は、1912年(大正元年)9月に個人創業した。屋号は持たず、自ら考案したベルト向け部品「バックル」や水道自在器など、独自に開発した金属製品の加工販売を生業とした。1914年には東京市本所(現・墨田区立川、両国駅付近)に自宅兼事業所を移転し、1馬力のモーターを導入して生産効率を高めた。

創業当初は特定の主力製品を持たない零細な金属加工業者であり、顧客の注文に応じて多様な金属製品を手がけていた。職人としての技術力は高かったが、事業としての方向性はまだ定まっていなかった。早川の事業が転機を迎えるのは、外部からの開発依頼がきっかけであった。

決断

シャープペンシルの開発で文具製造業へ転換

1915年、文具メーカーから「繰出鉛筆(シャープペンシル)」の開発製造を依頼された早川は、独自の機構を備えた「早川式繰出鉛筆」を開発した。金属加工の技術を文具の精密部品に応用することで、受託加工業者から自社製品を持つメーカーへの脱皮を果たした。第一次世界大戦期には海外輸出にも注力し、シャープペンシルが主力事業として急成長した。

1923年の時点で従業員数は200名に達し、東京本所に工場を構える製造業者へと発展した。金属加工の職人による個人創業から、わずか11年で200名規模の企業へ成長した背景には、シャープペンシルという自社製品の確立があった。なお、現在の社名「シャープ」は、このシャープペンシルに由来する。