2018 年3月

IKON等の減損1,759億円の一括計上

歴史的意義
10年越しの減損処理が示す「買収の出口戦略」の不在

IKON買収(2008年)から減損処理(2018年)まで10年を要したという事実は、買収時点で「期待通りにいかなかった場合の出口戦略」が十分に設計されていなかったことを示唆している。この10年間、北米事業の収益性は段階的に悪化していたが、巨額ののれんを抱えたまま抜本的な対策を先送りし続けた。山下社長が就任1年目で減損に踏み切れたのは、前任者が積み上げた負の遺産に対して「新任社長」という立場が持つ政治的な自由度が作用した面もある。リコーの3度の「膿の一括処理」はいずれも、経営者交代の直後に実行されている。

背景

北米事業の不振とデジタル化による需要構造の変容

2017年4月、山下良則がリコーの第8代社長に就任した。「リコー再起動」を掲げた山下が直面したのは、2008年のIKON買収以降、統合が進まないまま収益性が低下し続ける北米事業の問題だった。バランスシートには買収時に計上した巨額ののれんと無形固定資産が残り、毎期の減価償却が利益を圧迫していた。デジタル化とクラウドサービスの台頭により、複写機の販売を軸とする従来のビジネスモデルは構造的な転換を迫られていた。

山下社長は就任直後から、リコーが長年守ってきた5つの原則——マーケットシェアの追求、稼働台数の拡大、フルラインアップ、ものづくり自前主義、直販・直サービス——を見直す方針を打ち出した。桜井・近藤の2代にわたって推進されたこれらの原則は、PPC複写機の成長期には有効だったが、デジタルサービスへの転換期にはむしろ変革の足かせになっていると山下は認識していた。

決断

IKON等ののれん・無形固定資産を一括減損処理

2018年3月期決算で、リコーはIKONおよびmindSHIFTを中心に1,759億円の減損損失を計上した。減損額の大半は2008年に約1,700億円で買収したIKON関連ののれんと無形固定資産であり、10年間にわたって帳簿上に積み残されてきた負の遺産を一括で処理する形となった。この結果、営業赤字1,156億円、最終赤字1,180億円という、80年余りの歴史で過去最大の赤字を記録した。

山下社長はこの減損を、過去の買収判断の誤りを清算し、「デジタルサービスの会社」への転換を加速するための不可避の処理と位置づけた。1965年の市村清による不良資産8億4千万円の処理、1991年の浜田広によるCRPの約370億円のコストダウンに続き、リコーの経営者は3度目の「膿の一括処理」を断行した。規模は拡大しながらも、危機に際して新任社長が過去を清算するという構造は同じだった。

結果

構造改革を経てデジタルサービスの会社への転換を推進

減損処理と並行して、山下社長は非注力事業からの撤退を進めた。リコー電子デバイスの日清紡HDへの譲渡、リコーロジスティクスのSBS HDへの譲渡など、リコーの本業であるオフィスサービスに直接関わらない事業を次々と手放し、事業ポートフォリオの整理を断行した。減損による一時的な赤字を吸収した翌2019年3月期には営業利益868億円を計上し、業績は急回復を見せた。

以後、リコーは「デジタルサービスの会社」への転換を経営の中心に据えた。2022年にはPFU(富士通子会社)の株式80%を840億円で取得してスキャナー事業を取り込み、2024年には東芝テックとの合弁会社エトリアを設立するなど、オフィスプリンティングを起点としたデジタルサービスの展開を加速させている。複写機の販売台数ではなくデジタルサービスの契約数を成長指標とする方針は、90年間続いた「ハードウェア販売モデル」からの構造転換を意味している。