重要な意思決定
1998

ロードサイド店の飽和により売上成長率が鈍化

背景

年間50店舗出店を継続しても成長が鈍化した構造的要因

1994年から1998年にかけて、ファーストリテイリングは年間50店舗のハイペースで出店を継続したものの、売上高の成長率は鈍化した。1998年度には売上高の前年比がYoY+10%台に低下し、急成長企業としては伸び悩みの局面に入った。成長鈍化の第一の要因は、日本国内の有望なロードサイド立地への出店がほぼ完了してしまったことにあった。郊外ロードサイドという出店形態の物理的な上限が見えてきたのである。

第二の要因は、中国メーカーへの生産委託における品質問題であった。SPA体制は構築されたものの、委託生産の品質向上には依然として課題が多く、消費者の間ではユニクロは「安かろう悪かろう」という認知を脱却できていなかった。

決断

三重の壁が非連続な改革を不可避にした

事業面の課題に加えて、組織面でもボトルネックが生じていた。小郡商事時代の古参経営陣が高齢ながらも長期在籍しており、地方企業から全国企業への脱皮に必要な価値観の転換に対応できていなかった。ロードサイドの飽和、品質への不信、古参組織という三重の壁に直面したことで、柳井正は非連続な改革の必要性を認識した。

この認識が、1998年の原宿出店による都心型店舗への再挑戦と、フリース戦略による品質イメージの刷新という、二つの転換点を導いた。ロードサイド時代の延長線上にはない打ち手が必要であるという判断は、14年前の広島繁華街での失敗と、その後のロードサイドへの転換という経験の蓄積から生まれたものであった。