重要な意思決定
不採算事業から撤退。祖業のオーエス販売を解散
背景
ユニクロの急拡大に伴う祖業の整理
1992年3月、ファーストリテイリングは祖業であるオーエス販売(紳士服店)の事業縮小を決定した。1984年の社長就任時に柳井正が家業を分社化して設立したオーエス販売は、新事業であるユニクロと旧事業の人員を分離するための措置であった。ユニクロが年間30店舗超のペースで急拡大する中、祖業の紳士服店を維持する意義は薄れていた。
オーエス販売の従業員はファーストリテイリングへ転籍し、1992年4月にはオーエス本店の恩田店をユニクロに転換して祖業からの撤退を完了した。創業の地である宇部新川商店街の店舗も複数閉店しており、柳井家が長年商売をしてきた商店街からの撤退を意味した。
決断
創業の地との決別という不可逆な判断
宇部新川商店街の店舗閉鎖は、単なる不採算事業の整理にとどまらず、創業家の歴史との決別であった。1949年に柳井等が紳士服店を開業して以来43年間にわたって商売をしてきた地を離れる判断は、感情的にも組織的にも重い意思決定であった。しかし、商店街の衰退は不可逆であり、ユニクロのロードサイド展開に経営資源を集中する上で、祖業の清算は避けられない段階に来ていた。
1984年の分社化、1991年の社名変更、1992年の祖業清算という一連の過程は、柳井正が段階的かつ不可逆的に商店街時代の事業構造を解体していった軌跡である。