重要な意思決定
柳井正氏が小郡商事に入社
背景
早稲田大学からイトーヨーカ堂を経て家業へ
柳井等の息子である柳井正は、早稲田大学卒業後にイトーヨーカ堂で約1年勤務したのち、1972年に実家のある宇部に戻り、家業の紳士服店の経営に携わった。入社当初の柳井正は商店街の一店主として小郡商事の店舗を運営する立場であった。最初の約10年間は商店街の衰退スピードが緩やかだったこともあり、小郡商事は商店街内で複数店舗を運営し、一等地の中堅百貨店にも出店するなど、商店街の中では発展した部類に入った。
しかし1980年代に入ると、宇部興産のリストラとモータリゼーションによる商店街の衰退が経営に影響を及ぼし始めた。柳井正は、商店街に依存する小郡商事のままでは未来がないと認識し、経営改革に着手する。入社から改革着手までの約10年間は、商店街型小売業の日常を体験する期間であり、この当事者経験がのちのユニクロの事業設計を規定した。
決断
商店街経営の限界認識から改革への着手
柳井正が経営改革に踏み出した直接の契機は、商店街の集客力低下であった。イトーヨーカ堂での勤務経験を通じて大規模小売業のオペレーションを間近に見ていた柳井正にとって、商店街の零細小売業との落差は明白であった。ロードサイドの郊外型店舗、大量販売による低価格提供、全国展開という、のちのユニクロの方程式は、商店街の衰退を体験した当事者が逆算的に導き出した解であった。
1984年の社長就任と同時にユニクロ1号店を開業し、翌1985年にはロードサイド展開に転換するという矢継ぎ早の意思決定は、10年間の商店街経営で蓄積された危機感の発露であった。