三和銀行が経営介入
繊維事業の業績低迷が続くなかで主力銀行が監視を強めた局面
1970年代半ば以降、ユニチカはオイルショックに端を発した需要低迷と固定費負担の重さに苦しんでいた。1975年には経常赤字185億円を計上し、国内3工場の閉鎖と資産売却を実施したが、収益の改善は限定的だった。繊維事業は売上規模こそ維持していたものの利益率の低迷が続き、合併時に構想された非繊維事業への展開も十分な収益を生むには至っていなかった。投下資本の回収見通しは不透明なままであり、追加融資の継続には経営改善の具体的な進捗を示すことが求められる状況にあった。
主力銀行であった三和銀行は、融資先としてのユニチカの経営状態を従来以上に注視する姿勢を強めていた。資金繰りが即座に破綻する段階ではなかったが、有利子負債の水準に対して営業キャッシュフローが不足する状態が続いており、融資債権の回収可能性に関する管理を厳格化する必要があった。繊維産業全体が構造不況業種と認識されるなかで、ユニチカの経営方針に対しても従来より踏み込んだ関与が検討されていた。
三和銀行による経営関与の強化と意思決定プロセスの複線化
1977年、三和銀行はユニチカに対する経営関与を明確に強化した。経営体制や事業計画に対して意見を述べ、収益改善策の策定と実行状況を継続的に確認する枠組みが導入された。この措置は経営権の移転ではなく、融資回収リスクを管理するための銀行側の対応だった。三和銀行としては、ユニチカの自主的な経営改善を促しつつ融資ポートフォリオの健全性を維持する立場から関与を深めた形だった。
この銀行関与により、経営陣は事業の見直しと不採算領域の整理を検討する一方、銀行との事前協議という新たなプロセスを意思決定に組み込む必要が生じた。労働組合との調整も引き続き必要であり、雇用維持を前提とした経営方針はそのまま維持された。事業構造の見直しは段階的に検討されたものの、意思決定の複線化は判断速度を抑制する方向に作用した。銀行関与は経営規律の面では一定の機能を果たしたが、管理重視の運営スタイルが定着し、市場環境の変化に機動的に対応する経営への転換は進まなかった。