重要な意思決定
20003月

東証マザーズに株式上場

背景

ネットバブル下の資本市場熱狂

1999年から2000年にかけて、日本の株式市場はインターネット関連銘柄への期待が急速に高まり、マザーズ市場は成長企業の資金調達の舞台となっていた。サイバーエージェントも広告取扱高を拡大させていたが、事業はなお赤字であり、将来成長を前提とした評価がなされていた。当時の株式評価は利益ではなく売上高倍率(PSR)を基準に行われる傾向が強く、成長期待そのものが価格に織り込まれていた。

上場直前の1999年9月時点での評価額は1.5億円程度であったが、わずか半年で評価額は急膨張した。ネット産業への過熱的な期待が、設立2年目の企業に巨額資金を供給する環境を形成していた。藤田晋は、成長速度を最大化するには市場から直接資金を調達する必要があると判断し、早期上場を選択した。

決断

赤字のまま大型上場を実行

2000年3月、東証マザーズに株式上場を実現し、評価額624億円を基準に207億円を調達した。有利子負債はほぼゼロであり、上場直後には約200億円のネットキャッシュを保有する強固な財務体質を確立した。当時史上最年少上場として注目を集め、同社はネットバブルの象徴的存在となった。

しかし、事業は依然赤字であり、評価は将来期待に依存していた。資金用途も明確ではなく、本社を渋谷マークシティへ移転するなど、拡張前提の経営に踏み出した。成長を前提に資本を調達するという判断は、バブル環境下でのみ成立し得た大胆な選択であった。

結果

資本余剰と市場評価の乖離

2000年後半にネットバブルが崩壊すると、同社の時価総額は100億円前後まで急落し、保有現金207億円を下回る状態となった。市場評価と実体価値の乖離が生じ、2001年には村上ファンドから現金還元要求を受けるなど、資本政策の見直しを迫られる局面を迎えた。

一方で、200億円超の資金は長期的な安全網となり、アメーバ事業などへの積極投資を可能にした。短期的には資金用途問題と株価低迷という副作用を伴ったが、長期的には成長資金を確保したことで、同社は新規事業へ継続投資できる体制を維持した。