全店舗にPOSを導入
100円ショップ業界でPOS導入が進まなかった構造的理由
2004年当時、100円ショップ業界ではPOSシステムの導入がほとんど進んでいなかった。最大手の大創産業も2位のキャンドゥも導入しておらず、導入する計画もなかった。全商品が100円という均一価格であるため複雑な会計処理が不要であること、バーコードを付けにくい小さな雑貨が多いこと、そしてPOSの導入・運用コストが利益を圧迫することが、業界全体の導入を阻んでいた。100円という価格帯では1商品あたりの粗利が小さく、システム投資の費用対効果が見合わないというのが業界の常識だった。
一方で、100円ショップの店頭では別の問題が深刻化していた。セリアでは月に700〜800品目が入れ替わり、取り扱い中止が決まった商品を誤って発注するといったミスが日常的に発生していた。品切れによる販売機会の損失、不要な在庫の積み上がり、不良品の回収の遅れなど、データなき経営の弊害は店舗数の拡大とともに拡大していた。パート社員が従業員の約9割を占めるセリアにとって、経験の浅い担当者でも過不足なく発注できる仕組みの構築は切実な経営課題だった。
セリアの創業者・河合宏光は2000年代の初めから、勘と経験に頼る発注に限界を感じていた。扱う商品が急速に増え、何がどれだけ売れているのか店長ですら把握できなくなっていたのである。さらに2000年代中頃になると、スーパーやドラッグストアがPOSやITで武装して価格競争力を強化し、100円ショップの価格優位性は相対的に低下していった。業態の目新しさが薄れるなかで、品揃えの精度で差別化できなければ生き残れないという危機感が経営陣のあいだで共有されていた。
業界初のリアルタイムPOSを直営全509店に一斉導入
2004年3月、セリアは一部の店舗でリアルタイムPOSシステムの導入を開始し、同年9月末までに直営全509店への展開を完了した。業界で注目すべきは、セリアが採用したのが日次で販売実績を集計する従来方式ではなく、レジで会計を済ませた瞬間に本部が実績データを把握できるリアルタイム方式だった点である。開発を請け負ったNECですら難易度の高いリアルタイムPOSに尻込みしたが、業務開発部長の岩間靖は譲らなかった。前年の2003年に店頭公開で獲得した資金の大部分を、この設備投資に充てた。
コスト削減のための工夫も徹底した。多くの小売業がPOSシステムの運用に各店舗へストアコンピュータを設置するのに対し、セリアはPOSレジが本部サーバーと直接通信する方式を採用し、初期投資を通常の半分程度に抑えた。さらに「タッチワン」と呼ぶ発注用の携帯情報端末を導入し、商品の改廃情報や直近4〜5週間分の販売実績を店舗の発注担当者がリアルタイムで参照できるようにした。レジのディスプレーには本部からの販促情報も即時配信し、テレビ番組で取り上げられた商品をその日のうちに目立つ陳列に変えるといった機動的な対応を可能にした。
同時にセリアは商品政策も見直した。全社約2万5000品目のうち約6000品目を、全店が必ず置く「基本商材」に指定し、残りを各店舗の裁量で自由に仕入れる「自由裁量商材」に分けた。400以上の商品カテゴリーごとに基本商材を設定し、顧客が目的の商品を確実に入手できる網羅性を確保した。衝動買いから目的買いへと変化しつつあった消費者行動を見据え、乾電池や綿棒のような定番品の欠品を防ぎつつ、自由裁量商材で売り場の新鮮さを維持する二層構造を設計したのである。
業界2位への躍進と「自律型仮説検証モデル」の確立
リアルタイムPOSの導入によって得られた販売データは、セリアの仮説を裏付けた。消費者の購買行動がかつての衝動買いから目的買いへと変化していることが、単品レベルの実績から明確に見えたのである。この知見をもとに、2006年9月にはさらに踏み込んだ「発注支援システム」を導入した。店員が自分で発注品目と数量を決める従来の店舗発注を改め、本部のシステムが各店舗に品目と数量を推奨する方式へと転換した。導入当初は現場から猛反発を受けたが、岩間は2年以上をかけて店舗を回り、実績データで効果を証明しながら現場の信頼を勝ち取った。
セリアはこのシステムを「自律型仮説検証モデル」と呼んだ。独自指標であるSPI(Seria Purchase Index)値を用いて単品ごとの顧客支持率を算出し、店舗ごとの序列と全店ベースの序列を掛け合わせて最適な発注リストを自動生成する仕組みである。全商品が100円という均一価格であるがゆえに、2万品目のなかから顧客が1品を選んだ事実をそのまま需要の指標として信用できる。価格変動という変数を自ら放棄した業態だからこそ、需要の動きを精緻に捉えることが可能になった。
2009年4月に発注支援の利用率が100%に到達すると、既存店売上高が前年同月比プラスで推移し始めた。2009年3月期にはキャンドゥを売上高で逆転し業界2位に浮上、2011年3月期には営業利益が前期比53%増の約50億円とV字回復を遂げた。日用品を扱う小売各社のなかでトップクラスの営業利益率を記録し、前年に店頭公開で得た資金をPOSに投じた判断が、セリアの競争構造そのものを変えた。リアルタイムPOSから発注支援システムへと連なるIT投資は、規模で劣る3位企業がデータで業界の勢力図を塗り替えた事例となった。