重要な意思決定
1985

移動販売業を創業

背景

不況下で急成長した100円ショップ業界

1990年代、長引く不況で家計支出が落ち込み、スーパーや百貨店が売上の低迷に苦しむなか、100円ショップ業界は急成長を遂げていた。チェーン展開する企業は約20社にのぼり、1998年度の市場規模は1,000億円を超えた。業界のガリバーである大創産業は売上高750億円に達し、キャン・ドゥが120億円で続いた。不況下でメーカーや卸商が大量の在庫を抱え、工場が稼働率を上げるために原価ギリギリの取引に応じたことで、販売面では100円という安さが消費者の衝動買いを誘い、専門店などの退店跡に好条件で出店できるという追い風が吹いていた。

この100円ショップ業界において、後にセリアとなる山洋エージェンシーを創業したのが河合宏光である。河合は1985年にスーパーマーケットの催事場で洗濯ばさみなどの日用雑貨を販売する移動販売業を個人で始めた。当時の100円ショップチェーンの多くは、催事業者から日用雑貨の卸商に転じ、やがて自前の常設直営店を持ち始め、フランチャイズ展開に乗り出すという成長経路をたどっており、河合の創業もこの業界の典型的な出発点であった。

決断

移動販売から法人化、そして常設店舗へ

河合宏光は1987年に株式会社山洋エージェンシーを資本金1,000万円で設立し、事業を法人化した。翌1988年には岐阜県大垣市に本社および物流センターを新築し、事業基盤を整えた。当時の100円ショップの特徴は大量出店と大量仕入れにあり、売場面積が増えれば大量に仕入れることができ、仕入値を大幅にディスカウントできるという規模の経済が働く構造だった。河合はこの構造を理解した上で、まず物流拠点を確保し、東海地方を足場に店舗網を広げる準備を進めた。

1994年には長崎屋岐阜店にセリア初の常設店舗を開業し、移動販売から常設店舗への転換を果たした。河合は「おしゃれな雑貨店」というコンセプトを掲げ、他社との差別化を図った。100円ショップ業界では「安かろう悪かろう」というイメージが根強かったが、河合は「100円以上の価値あるものを100円で売る」という発想の転換を志向し、消費者の日常生活のなかに揺るぎない地位を築くことを目指した。1998年度にはセリアの売上高は70億円、店舗数238店に達し、業界3位の企業へと成長した。