重要な意思決定
199410月

インドネシアに現地法人を設立・完成品輸入を開始

背景

部品輸入から完成品の現地生産へと移行するインドネシア工場の設立

1994年10月にニトリはインドネシアに生産現地法人「P.T. MARUMITSU INDONESIA」を設立した。当初のニトリの出資比率は9.0%であり、取引先かつ出資先の家具メーカー「マルミツ」(北海道旭川市本社)がインドネシアでの現地生産に乗り出す座組みであった。1995年から工場を稼働し、従来の東南アジアからの「部品パーツ」輸入に加えて、「完成品」の現地製造を開始した。

インドネシア工場の設立は、ニトリにとって海外生産の第二段階であった。1986年からの部品輸入、1989年のシンガポール検品拠点の新設を経て蓄積した品質管理のノウハウを、完成品の生産に応用する狙いがあった。似鳥昭雄は「円高は構造的で、日本の人件費や原材料費は東南アジアに比べ決定的に高くなっている」と語り、海外生産による低コスト化を経営の根幹と位置づけていた。

決断

労務管理の苦戦を経て完全子会社化による直接管理体制へ転換

しかし、インドネシア工場の運営は困難を極めた。社員の無断欠勤率が10%に達し、ストライキも頻発したことで、生産が計画通りに進まない状況が続いた。マルミツを通じた間接運営(ニトリの当初出資比率9%)では、現地従業員の管理が行き届かなかったことが背景にあると考えられる。

ニトリはインドネシア工場の再建のため、現地法人の出資比率を100%に引き上げて完全子会社化した。この経験は、海外での完成品生産において間接運営では品質も生産性も維持できないという教訓を残した。のちの2004年のベトナム工場では、設立当初から完全子会社として直接管理体制を構築しており、インドネシアの失敗が次の生産拠点の設計思想に直接反映された。