重要な意思決定
マルミツ木工と業務提携・部品輸入を開始
背景
プラザ合意後の円高を予見し、東南アジアでの生産体制構築に着手
1985年のプラザ合意を契機に円高ドル安が進行する中、ニトリは国内生産のコスト高を予見し、家具の東南アジア生産に向けた体制構築を急いだ。1986年にニトリは家具メーカーの「マルミツ木工株式会社」(北海道旭川市本社)と業務提携を締結し、取引先メーカーへの出資を通じて製造領域への参入を果たした。小売業でありながら生産拠点の確保に踏み込んだ判断は、創業期から続く「仕入れ力の強化」が製造への直接関与へと発展した帰結であった。
マルミツは旭川での国内生産が中心であったため、いきなり海外での完成品生産に移行するのではなく、段階的なアプローチをとった。1986年から台湾・米国・マレーシア・韓国から家具パーツを輸入して国内で組み立てる体制を構築し、1987年までに台湾・韓国で現地企業と部材の共同開発を開始。1992年には中国・タイで家具パーツの現地生産に着手した。
決断
シンガポールに検品拠点を設置し、含水率問題への品質管理体制を確立
東南アジアからの部品輸入で最大の課題となったのは品質であった。高温多湿な東南アジアでは木材の含水率が日本の2倍(約20%)に達し、乾燥が不十分なまま出荷すると日本到着後に部材が破損する問題が頻発した。ニトリは出荷前の乾燥室利用を現地メーカーに徹底するなど、品質管理の指導を実施した。
1989年2月にはシンガポールに現地法人を新設し、東南アジアの取引先に対する検品・検査の管理拠点として運用を開始した。この品質管理体制は、1994年のインドネシア工場設立、2004年のベトナム工場稼働へとつながる海外生産の基盤となった。「部品パーツの輸入→品質管理ノウハウの蓄積→完成品の現地生産」という段階的移行は、ニトリのグローバル調達体制を形成する過程であり、2000年にはマルミツを完全子会社化して製造部門を内製化した。