重要な意思決定
チェーン化構想を発表・札幌市内でドミナント展開
背景
札幌市内への集中出店と物流センター新設によるドミナント体制の構築
1978年1月にニトリは「チェーン化構想」を発表し、札幌市内への集中出店を本格化した。1981年までに手稲・白石・厚別などのロードサイド(国道230号・国道5号・国道36号・国道12号沿い)に合計9店舗を開業し、いずれも店舗面積1500〜3000㎡の大型店舗として展開した。この間、札幌市内以外への出店は行わず、地域内シェアの確保を最優先するドミナント戦略を徹底した。
配送効率の向上を目的として、1980年に札幌物流センター(札幌市西区発寒)を新設した。1拠点の物流センターから札幌市内9店舗をカバーする体制であり、物流センターを先行して整備した上で店舗を配置するモデルは、のちの全国展開においても「物流センター先行→ドミナント出店」として踏襲された。
決断
メーカーへの製品規格の要求と零細メーカーとの交渉力確保
9店舗のチェーン展開によって販売量が増加したことで、ニトリはメーカーに対する交渉力を高めた。1981年時点でニトリはメーカーに対して製品規格を定めるよう働きかけており、小売業でありながらメーカーに商品企画を指示する立場を確保していた。主な仕入先はフランスベッド、大塚家具のほか、三友工芸、大恵ファニチュア、丸愛ファニチュアなどであった。フランスベッド・大塚家具を除けば零細な家具メーカーが中心であり、ニトリは仕入先に対して優位な交渉ポジションを築けた可能性がある。
人材面では年間約10名の新卒採用を実施し、2〜3年で店長に抜擢する実力主義の人事を運用した。1978年2月時点の社員数は108名(臨時雇用除く)であり、若手中心の組織でチェーン展開の現場を担った。札幌ドミナントの10年間は、物流・仕入れ・人材育成の仕組みを一体で整備する期間として機能し、本州進出の前提条件を形成した。