DDI・KDD・IDOが合併(KDDI・auの発足)
iモード登場とドコモの設備投資攻勢
1999年2月にNTTドコモがiモードのサービス提供を開始し、携帯電話によるインターネット接続を一般化させた。携帯電話の普及には全国規模の基地局整備が不可欠であり、年間数千億円の設備投資を要した。潤沢な資本力を持つNTTドコモが本格的な投資攻勢に転じたことで、資本規模で劣る競合キャリアは単独での対抗が難しい状況に直面した。
当時、NTT系以外の通信事業者は複数のグループに分散していた。DDI(第二電電)は長距離電話と携帯電話を展開し、KDD(国際電信電話と日本高速通信が1997年に合併)は国際通信を主力とし、IDO(トヨタなどが出資)は関東地域の携帯電話を手がけていた。各社とも単独ではドコモに対抗しうる設備投資の原資を確保できないという共通の課題を抱えていた。
三社合併による売上高2兆円規模の通信会社の誕生
2000年10月にDDI、KDD、IDOの三社が合併を実施した。合併時点の売上規模はDDIが約1.2兆円(従業員約3000名)、KDDが約4000億円(従業員約5000名)、IDOが約4000億円(従業員約1000名)であった。合併により売上高2兆円規模の通信事業者が誕生し、2001年に商号をKDDI株式会社に変更した。
携帯電話のブランドは、2000年11月にセルラー7社を合併して発足した「au」に統一した。長距離電話、国際通信、携帯電話という異なる事業基盤を一社に集約することで、NTTドコモに次ぐ業界2位のポジションを確保した。
企業連合によるドコモ追随体制の構築
三社合併の狙いは、分散していた経営資源を一本化し、基地局への設備投資に耐えうる財務基盤を構築することにあった。合併後のKDDIは携帯電話事業を成長の柱に据え、auブランドのもとでドコモのiモードに対抗するサービスの開発に着手した。
合併の構造としては、DDIが存続会社となり、KDD・IDOを吸収する形をとった。異なる企業文化を持つ三社の統合は容易ではなかったが、携帯電話市場という共通の競争軸があったことで、事業統合の方向性は比較的明確であった。合併によりKDDIは、NTTグループに対抗しうる唯一の総合通信事業者としての地位を確立した。