重要な意思決定
19846月

第二電電企画株式会社を設立

背景

電電公社民営化と通信自由化の潮流

1980年代に入り日本政府は電電公社の民営化と通信事業の自由化を推進し、民間企業が電話事業に参入できる法的枠組みの整備に着手した。1985年4月の電気通信事業法の施行により、長距離電話市場が開放され、NTT(旧電電公社)の独占体制を崩す道筋が敷かれた。財界を中心に通信事業への参入機運が高まり、複数の企業グループが新規参入を模索する動きが活発化した。

新規参入に名乗りを上げたのが京セラであった。同社は電話端末の製造を手がけており、通信事業の川上に位置するインフラ領域への進出を構想した。ただし通信インフラの敷設には1000億円規模の資金が必要であり、京セラ単独でリスクを負うのではなく、複数の大手企業による共同出資という形態を選択した。

決断

大手企業の共同出資による第二電電の設立

1984年6月に第二電電企画株式会社を設立。筆頭株主は京セラで出資比率28%、そのほかセコム、ウシオ電機、三菱商事、ソニーなど大手企業が名を連ねた。資本金は16億円であり、京セラの投資額は約4.5億円と推定される。単独企業のリスクテイクではなく、財界連合型の出資構造を採用した点が特徴であった。

事業計画として、東京・大阪・京都・神戸を光ファイバーで結ぶ長距離電話網の敷設を企画した。NTTの料金体系を下回る低価格サービスの提供を目指し、設立翌年の1985年に商号を第二電電株式会社へ変更、1986年10月にサービス提供を開始した。