重要な意思決定
20193月

富士ゼロックスを完全子会社化

背景

合弁構造の長期固定化がもたらした統治課題と複合機市場の成熟

1962年に設立された富士ゼロックスは、米ゼロックスとの合弁を出自とし、アジア太平洋地域を中心に事業を展開してきた。一方、欧米市場は米ゼロックスが担うという地域分断型の構造が長年固定化されており、研究開発、部品調達、ブランド戦略の最適化には構造的な制約が存在していた。この合弁形態は事業規模の拡大とともに意思決定の遅延や統治の複雑化を内包する構造となっていた。

2010年代後半に入ると、富士ゼロックスでは海外子会社における不適切会計問題が顕在化した。ニュージーランドやオーストラリアの販売子会社で売上の過大計上が発覚し、累計375億円の利益かさ上げが判明した。この問題は合弁構造下での監督体制の限界を露呈し、富士フイルムホールディングス全体のガバナンス強化と事業再建が喫緊の課題となった。

加えて、欧米を中心にペーパーレス化が進展し、複合機・プリンター市場は成熟局面に入っていた。印刷枚数の減少傾向が継続するなかで、ドキュメント事業の成長余地は限定的となりつつあった。富士フイルムにとってドキュメント事業は依然として売上・利益の大きな柱であったが、合弁構造のままでは日米の事業を一体的に再編する主導権を完全に握れない状態が続いていた。

決断

米ゼロックスの買収公表と日米複合機事業の一体経営構想

2018年3月、富士フイルムホールディングスは米ゼロックスの買収を公表した。まずゼロックスが富士ゼロックスを完全子会社化した上で第三者割当増資を実施し、その増資を富士フイルムが約6700億円で引き受けることで、ゼロックス株式の50.1%を取得する計画であった。これにより富士フイルムは新生ゼロックスの親会社となり、日米の複合機事業を統括する構想であった。

狙いは、日米で分断されていた複合機・プリンター事業を統合し、研究開発、生産、部品調達、販売を一体化する点にあった。経営陣は2020年度までに年間約12億ドル規模のシナジー効果を見込んでおり、人員削減や工場集約を含む構造改革も同時に進める計画であった。成熟事業である複合機を統合によって再設計し、コスト構造を抜本的に見直すという判断が示されていた。

この構想が実現すれば、富士フイルムは複合機市場において世界最大級の事業規模を持つことになり、HPやキヤノンとの競争環境が変化する可能性があった。合弁設立から56年にわたって続いた日米分断構造を解消しグローバルな一体経営へ移行するという点で、富士フイルムの歴史上でも最大級のM&A構想であった。

結果

アクティビストの反発による買収破談と完全子会社化への転換

しかし買収公表後、米ゼロックスの大株主であるカール・アイカーン氏やダーウィン・ディーソン氏ら物言う株主が取引条件に強く反発した。ゼロックスの企業価値を過小評価しているとの主張に加え、取締役会のガバナンスそのものが問題視され、ゼロックス経営陣の退任や方針転換が繰り返された。最終的に2018年5月、ゼロックス側は買収合意の解消を一方的に発表し、統合構想は事実上頓挫した。

買収破談を受け、富士フイルムは方針を転換し、2019年11月に米ゼロックスとの合弁契約を解消する形で富士ゼロックスの完全子会社化を実現した。取得額は約2500億円であり、米ゼロックスが保有する富士ゼロックス株式25%を買い取る形となった。日米一体経営は実現しなかったが、アジア太平洋地域の事業については富士フイルムが単独で経営判断を下せる体制が整った。

2021年4月には富士ゼロックスの商号を「FUJIFILM Business Innovation」に変更し、ゼロックスブランドからの離脱を完了した。米ゼロックスとの販売契約も終了し、自社ブランドでの展開に移行した。1962年の合弁設立から約60年にわたって続いた日米の関係は、一体経営ではなく完全な分離という形で決着した。