重要な意思決定
20113月

バイオ医薬品製造受託に参入

背景

バイオ医薬品の台頭に伴う製造受託市場の拡大と参入機会

2000年代後半から医薬品産業では低分子医薬品中心の開発からバイオ医薬品へ重心が移行していた。抗体医薬品に代表されるバイオ医薬品は細胞や微生物を用いるため製造工程が複雑化し、大型培養設備や厳格な品質管理への投下資本が増大した。研究開発と製造を分離する水平分業が進み、製造受託(CDMO)への外注需要が拡大していた。

富士フイルムは写真フィルム需要の減少を受けて事業ポートフォリオの再設計を迫られていたが、化学合成、精密製造、品質管理において長年の技術蓄積を持っていた。医薬品分野への参入にあたり、自社で新薬を開発・販売するのではなく、製造工程に特化することで製薬企業との直接競争を避ける選択肢が検討された。製薬企業側の投資負担増加と外注需要の拡大は、製造受託という形での参入機会を提供していた。

決断

米国・英国のCMO2社買収による製造受託事業への直接参入

2011年、富士フイルムはMerck & Co., Inc.からMSD Biologics(英国)およびDiosynth RTP(米国)の全株式を約400億円で取得し、バイオ医薬品のCDMO事業に直接参入した。自社で製造設備を一から立ち上げるのではなく、GMP認証と商業生産実績を持つ既存の事業体を取得することで、立ち上がり期間と技術移転リスクを抑制する手法が採られた。

この判断は研究開発主導型ではなく、製造工程に集中投資する選択であった。製薬企業との競争を回避し、受託という立場に徹することで顧客基盤を分散させ、投下資本の回収を製造能力と稼働率に直結させる設計であった。参入時点では後発であったが、買収によって即座に商業生産対応力を確保し、段階的な設備拡張へ移行する戦略が取られた。

結果

設備拡張の連鎖と1兆円規模の投資判断への発展

買収後、富士フイルムは欧米拠点を軸にCDMO事業の設備拡張を進めた。2010年代後半にはデンマークや米国ノースカロライナ州で大型培養タンクへの集中投資を実施し、商業生産規模を段階的に拡大した。2019年のバイオジェン子会社買収により培養能力は約15万リットルに達し、大型案件への対応力が確保された。

2011年の参入は単年の多角化ではなく、長期の投下資本回収を前提とした事業構築であった。製造工程に集中した参入形態は、競争優位の源泉を製造能力と供給速度に限定する構造をもたらした。その後のバイオジェン子会社買収やデンマーク拠点の増強など、累計で1兆円規模に達する設備投資判断へと連続し、富士フイルムのヘルスケア事業における中核的な投資案件となった。